はじめに
2025年7月9日、KID FRESINOが新曲「hikari」を配信リリースした。この楽曲は、単なる新曲のリリースを超えて、日本のヒップホップシーンにとって深い意味を持つ追悼の一曲となっている。
楽曲の制作背景
「hikari」は、豪華なバンド編成で制作された楽曲だ。三浦淳悟(ベース)、佐藤優介(キーボード)、西田修大(ギター)、石若駿(ドラム)という実力派ミュージシャンたちによる生演奏を基盤に、STUTSがアレンジとミックスを担当している。マスタリングは世界的に活躍するニコラス・デ・ポーセルが手がけた。
レーベルはDogear Recordsからリリースされ、作詞作曲はKID FRESINO自身が担当。柔らかくも力強いサウンドスケープの中で、彼の心情が繊細に描き出されている。
ミュージックビデオに込められた想い
山田智和監督が手がけたミュージックビデオは、この楽曲の核心的なメッセージを視覚化している。映像には、KID FRESINOやSTUTS、そして2025年4月13日に35歳の若さで急逝したJJJ、同じく2018年に亡くなったFebb、そして彼らの仲間たちの姿が映し出されている。
Fla$hBackSという絆
JJJとKID FRESINOの関係を語る上で欠かせないのが、ヒップホップユニット「Fla$hBackS(フラッシュバックス)」の存在だ。2011年頃に結成されたこのユニットは、JJJ、Febb、KID FRESINOという3人のMC兼DJ兼トラックメイカーから成り、日本のヒップホップシーンに新しい風を吹き込んだ。
2013年2月にリリースされたファーストアルバム『FL$8KS』は、オーセンティックなヒップホップの作りに独自のセンスを注入した意欲作だった。3人全員がラップとトラックメイクをこなすという特異なスタイルは、当時の日本語ラップシーンにおいて新鮮な驚きをもって迎えられた。
しかし、この才能溢れるユニットは、悲劇に見舞われることになる。2018年2月15日、Febbが不慮の事故により24歳で死去。そして2025年4月13日、JJJもまた35歳で都内の病院で永眠した。Fla$hBackSは事実上、活動を終了することとなった。
歌詞に込められたメッセージ
「hikari」の歌詞の中で特に印象的なのが、「ありがとう言う前に会えなくなったりするのも俺達らしい」というフック部分だ。このラインには、突然の別れを経験した者だけが持つ、深い後悔と受容が同居している。
「会いたいと叫びたい心と」という冒頭の一節からも、失われた仲間への切ない想いが伝わってくる。だが、この楽曲は単なる悲しみの表現ではない。柔らかくも力強い音楽性が示すように、それは失われた者たちへの敬意と、彼らが残した光への賛歌でもある。
“hikari”というタイトルの意味
興味深いことに、JJJは2017年に『HIKARI』というタイトルのセカンドアルバムをリリースしている。KID FRESINOの「hikari」というタイトルは、偶然ではなく、明らかにJJJへのオマージュであり、彼の音楽が今も輝き続けていることを示唆している。
光は闇の中でこそ、その存在意義を持つ。JJJやFebbという才能が突然消えてしまった日本のヒップホップシーンにとって、彼らの残した音楽は今もなお、道を照らす光であり続けている。
ライブツアー「Ins And Outs Tour」
「hikari」のリリースに合わせて、KID FRESINOは7月にライブツアー「Ins And Outs Tour」を開催した。京都のロームシアター京都(7月16日)、東京のZepp DiverCity(7月17日)、福岡のZepp Fukuoka(7月28日)の3都市を巡るこのツアーで、「hikari」は特別な意味を持つ楽曲として披露されたことだろう。
日本のヒップホップシーンへの影響
Fla$hBackSの3人は、2012年頃のインタビューで「若くして老成している」世代について語っていた。彼らは古典への敬意を持ちながらも、新しいスタイルを確立しようとしていた。JJJのジャジーで自由連想的なフロウ、Febbの無骨でハードコアなスタイル、そしてKID FRESINOの洗練されたアプローチは、それぞれが唯一無二の個性を持ちながらも、見事に調和していた。
彼らが残した音楽は、今も多くのアーティストに影響を与え続けている。STUTSやISSUGI、C.O.S.A.、Daichi Yamamotoなど、日本のヒップホップシーンを牽引するアーティストたちとの共演や交流は、彼らの音楽的遺産の広がりを物語っている。
おわりに
「hikari」は、失われた仲間への追悼であると同時に、彼らの音楽が今も生き続けていることを証明する作品だ。KID FRESINOは、JJJやFebbとの思い出を胸に、彼らの分まで音楽を作り続けている。
「ありがとう言う前に会えなくなったりする」という現実を受け入れながらも、音楽という形で彼らとの対話を続けるKID FRESINO。その姿勢こそが、失われた光を受け継ぎ、新たな光を灯し続ける行為なのだろう。
JJJ、Febb、そしてFla$hBackSの音楽は、これからも日本のヒップホップシーンを照らし続ける。「hikari」は、その光が決して消えることのないことを、私たちに伝えてくれる一曲なのだ。



コメント