BAD HOP解散後、ソロアーティストとして着実に存在感を増してきたTiji Jojo。その彼が2026年5月29日にリリースした2ndアルバム『LONG LIVE LOUD』の14曲目に収められているのが「Nightmare」だ。プロデュースはwaytoolost。そして6月20日、自身初のワンマンライブ「”LONG LIVE LOUD” IN 日本武道館」(6月19日開催)の余韻が冷めやらぬタイミングで、この曲のオフィシャルMVが公開された。武道館という大舞台を駆け抜けた直後に「悪夢」と題された一曲を世に放つ──その並びそのものに、Tiji Jojoらしいひねくれた美学が滲んでいる。
「Nightmare」を読み解くには、まずアルバム『LONG LIVE LOUD』全体を貫くテーマを押さえる必要がある。このアルバムが掲げるのは”騒音”だ。身の回りで絶えず起きるトラブルや問題、激しい仲間たち、夜通し繰り返される騒がしい遊び、疲れて思わず離れたくなるような環境──その全てが、Tiji Jojoの人生の一部として刻み込まれている。彼はその騒音から離れる”選択肢”を持ち合わせている。それでも結局は、そういう場所にこそ落ち着きを感じてしまい、騒音を受け入れ、どこかで肯定してしまう。この矛盾した感情こそが、アルバム全体の核にある。離れたいのに離れられない。うるさいのに、その喧騒の中にしか自分の居場所がない。
その文脈に置いたとき、「Nightmare」というタイトルが持つ意味は一層深くなる。騒音に満ちた日々は、外から見れば悪夢のように映るかもしれない。眠りを妨げ、心を擦り減らし、終わりなく続く喧騒。けれどTiji Jojoにとって、その悪夢はただ忌避すべきものではない。むしろ彼は、その悪夢を自分の現実として引き受け、噛みしめながら生きている。「Nightmare」は、成功して武道館のステージに立つに至った今もなお、彼の足元から消えない街の記憶、夜の喧騒、抜け出せない感覚を映し出す一曲だと言える。きらびやかな栄光の裏側で、ふと立ち止まったときに襲ってくる、現実の重さと地続きの夢。それを彼は美しいメロウさの中に閉じ込めてみせる。
サウンド面でも、waytoolostのトラックがこの”悪夢”の質感を見事に支えている。アルバム『LONG LIVE LOUD』には、JIGG、ineedmorebux、pulp kといったBAD HOP時代からの盟友や気鋭のプロデューサーが集結しているが、「Nightmare」を任されたwaytoolostのビートは、騒音というテーマの中にあって、どこか夢の中を漂うような陶酔感を漂わせる。叫びや怒りを前面に出すのではなく、悪夢を静かに、メロウに描き出す。そのコントラストが、この曲を単なる景気づけのアンセムとは異なる、内省的な深みを持つ一曲に仕上げている。Tiji Jojoの淡々としながらも哀愁を帯びたフロウが、夜の街をさまよう感覚をそのまま音に変えていく。
Tiji Jojoはもともと、川崎という土地のリアルを、過剰に飾ることなく等身大の言葉で綴ってきたラッパーだ。生まれた場所は選べない、刻まれた身体──そんな宿命を背負いながら、彼は地元の風景や仲間、過ぎ去る季節を繰り返し歌ってきた。「Nightmare」もまた、その延長線上にある。成功を掴み、ステージの上で光を浴びるようになっても、彼の根っこには常に、抜け出せない街の夜と、消えない悪夢がある。だからこそ彼のラップは嘘くさくならない。
付け加えておきたいのは、この武道館公演そのものが、Tiji Jojoにとって特別な節目だったということだ。BAD HOPというシーンを代表するクルーの一員として走り抜けた後、ソロとして「Malibu Dream」などを世に出し、着実にキャリアを積み重ねてきた彼が、ついに単独で日本武道館の舞台に立った。その大きな到達点と同じタイミングで「Nightmare」が選ばれたことには、強いメッセージ性がある。頂点に立った夜にあえて”悪夢”を掲げること。それは、成功の眩しさの中でも自分の出自と現実を見失わないという、彼なりの矜持の表れだろう。喧騒も、痛みも、消えない夜の記憶も、全部ひっくるめて自分なのだと、この一曲は静かに告げている。
『LONG LIVE LOUD』というタイトルは、「騒音よ、永遠なれ」とでも訳せるだろうか。離れられない喧騒を呪うのではなく、それでもこの騒がしさと共に生きていく、という覚悟の宣言だ。「Nightmare」は、その宣言の中でも最も陰影に富んだ一曲であり、栄光と悪夢が分かちがたく溶け合うTiji Jojoの現在地を、克明に映し出している。武道館の夜にこの曲が改めてMVとして公開された意味は、決して小さくない。悪夢すらも自分の物語として歌いきる──それこそが、騒音の中から這い上がってきた彼の、揺るぎない強さなのだ。


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