NORIKIYO「Sinner’s Excuse」── 収監前に書かれた”罪人の戯言”を聴く

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NORIKIYOが2026年6月5日に配信リリースした「Sinner’s Excuse」は、単なる新曲ではない。タイトルを直訳すれば「罪人の戯言(ざれごと)」。このたった一語に、楽曲が抱えるテーマのすべてが凝縮されている。そして何より見過ごせないのは、このリリックが2019年の時点ですでに完成していたという事実だ。NORIKIYO本人がリリースに寄せて「2019年に書いて、ずっと寝かせていた曲」と語っているとおり、彼が実刑判決を受けて収監されるよりも数年前に、この歌詞は書き上げられていた。罪をテーマにした曲を書いた数年後、その当人が現実に罪に問われ、塀の中へ入っていくことになる──この時間のズレには、どこか文学的で、聴く者を落ち着かなくさせる凄みがある。書かれた言葉が、後から作者の人生に追いついてしまったのだ。

歌詞の核心にあるのは、自分の犯した行いの「重さ」をどう引き受けるのか、という問いである。NORIKIYOは自らの過ちの重さを「グラム」という単位で量ろうとする。罪を抽象的な観念や道徳の話として処理するのではなく、手のひらに乗る具体的な重量として感じ取ろうとする。この感覚は、生活者の目線を一貫して持ち続けてきた彼らしい表現であり、同時に逃げ場のない自己対峙でもある。さらに彼は、自分自身を「人間であり、浅はかな存在」だと言い切る。聖人君子としてではなく、過ちを犯す弱い一人の人間として自分を見つめ直す。その上で、自分のしくじりがどれほど大きなスケールのものだったのかを、目を逸らさずに直視していく。「言い訳(excuse)」というタイトルを掲げながら、そこにあるのは言い逃れや自己弁護ではなく、むしろ逃げ場を自ら塞いだ上での自己告白に近い。タイトルの皮肉と、中身の誠実さが、絶妙なねじれを生んでいる。

リリックがもう一つ鋭く突いてくるのは、快適さに慣れきった世界で生きることの難しさだ。NORIKIYOは、人が安楽の中にいるとき、かえって自分自身の本当の状態に対して盲目になってしまう、という構造を描き出す。満たされていることが、皮肉にも自分の足元を見えなくさせる。豊かさや便利さが、内省の機会を奪っていく。この洞察は、罪を犯す前の人間にも、罪を償った後の人間にも、等しく突き刺さってくる普遍性を持っている。だからこそ、収監前に書かれたこの曲を、出所した今になって聴き直すと、まるで未来を見越して書かれた回顧録のように響くのだ。先行シングルがこれほど文字どおりに自らのタイトルを”体現”してしまった例は、そう多くはないだろう。

この内省的なトーンは、ミュージックビデオの映像にもそのまま引き継がれている。スタジオ石(Mr.麿監督)が手がけたMVでは、NORIKIYOが僧侶に扮し、自身の内面と静かに対話するような姿が映し出される。曼荼羅のモチーフ、抑制された色彩設計、説明を排した象徴的な構図。それらはいずれも、「罪人の戯言」という言葉が本来持っている内省と贖罪のニュアンスを、過不足なく視覚へと翻訳している。派手な演出や物語的な盛り上がりではなく、ただ自己と向き合う静けさこそがこの曲の本質なのだと、映像そのものが雄弁に語っている。トラックを手がけたのはIGOR。淡々としながらも陰影のあるビートが、独白のような言葉をどこまでも引き立てている。

「Sinner’s Excuse」は、8月7日にリリース予定のアルバム『L.I.V.S.(Life Is Very Short)』の先行シングルでもある。このアルバム自体、NORIKIYOが2023年に収監される以前に完成させていた全13曲の作品で、本来であれば服役中にリリースされる予定だったという。つまり『L.I.V.S.』は、過去の自分が未来の自分へ宛てて残したタイムカプセルのような作品集であり、「Sinner’s Excuse」はその扉を開ける最初の鍵として置かれている。「人生はとても短い」という言葉を冠したアルバムの入り口に、罪と向き合う一曲が据えられている構成そのものに、強いメッセージ性を感じずにはいられない。

神奈川・相模原を拠点とするSD JUNKSTAの一員としてシーンに登場して以来、NORIKIYOは一貫して「街の代弁者」として、自分自身を誠実にアップデートし続けてきたラッパーだ。固いライミングとブルージーなフロウで、人生の喜怒哀楽をリアルかつウィットに富んだ言葉で描いてきた彼が、キャリアの中でも最も重いテーマ──自らの罪──と真正面から向き合ったのがこの一曲である。罪をグラム単位で量り、自分の浅はかさを認め、それでもなお生きていく。「Sinner’s Excuse」は、戯言という名を借りた、限りなく本気の独白なのだ。罪を犯す前に書かれ、罪を償った後に世へ放たれたこの曲は、加害と贖罪のあいだに横たわる時間そのものを丸ごと抱え込んでいる。それは聴き手にとっても、自らの足元を量り直すための鏡になるはずだ。

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