はじめに
「Rich」という一単語のタイトルは、ヒップホップにおいて古くから繰り返されてきたテーマを象徴する言葉だ。豊かになりたい、成功を摑みたい、誰にも舐められたくない——そうした人間の根源的な欲求を、ラッパーたちは時代を超えて言葉に変えてきた。KOWICHIの「Rich feat. Elle Teresa」もまた、そのテーマに真正面から向き合った一曲だ。しかしこの楽曲が特別なのは、男性ラッパーの視点だけでなく、女性ラッパーであるElle Teresaの視点が加わることで、「Rich」という概念が立体的に広がっている点にある。男と女それぞれが持つ「豊かさへの渇望」が一つのトラックの上で交差するとき、何か新しい景色が生まれる。
楽曲の基本情報
「Rich (feat. Elle Teresa)」は2021年にリリースされたシングルで、その後「Higher (Deluxe)」にも収録された。再生時間は2分53秒。「Higher (Deluxe)」においては全20曲中5曲目に配置されており、「Rockstar」「ジェットコースター」「SUNSET」「CEO」に続く形でこの楽曲が登場する。
「Higher (Deluxe)」はApple MusicのJ-ヒップホップ・トップアルバム日本1位、iTunes Storeのヒップホップ/ラップ・トップアルバム日本2位、Apple Music総合トップアルバム日本7位など、各チャートで高い評価を記録した。KOWICHIの勢いが頂点に差し掛かっていた2021年という時代の中で、Elle Teresaとのコラボレーションがどれほどのインパクトを持っていたかが、チャートの数字からも見えてくる。
KOWICHIとElle Teresa、二人の個性
この楽曲を語るにあたって、まずElle Teresaというアーティストについて押さえておく必要がある。Elle Teresaは1997年静岡県沼津市生まれで、両親の影響もあり幼い頃からヒップホップ・ダンスに親しんだ。2015年に上京して以来、本格的にラッパーとしての活動をスタートさせた。
Elle Teresaは2016年4月に1stミックステープ「Ignorant Tape」をリリースし、ストリートファッション誌「WOOFIN’」の「2016’s Freshman」に選出された。2017年に2ndミックステープ「PINK TRAP」をリリースし、2018年にはデビューアルバム「KAWAII BUBBLY LOVELY」をリリース。その後2021年7月7日にシングル「Bby girlll」でavex traxよりメジャーデビューを果たした。
Elle Teresaは、個性的で中毒性のある声と独特なフロウ、研ぎ澄まされた毒っ気や遊び心を忍ばせたリリック、日本人離れしたルックスとファッションセンスすべてを持ち合わせた、世界が注目する新世代のフィメールMCとして評価されている。
歌詞においては自身のセクシーで可愛い容貌やファッション、贅沢品をフレックスするものが多く、恋愛や友情もしばしば楽曲のテーマとなっている。
この「豪華なものをフレックスする」というElle Teresaのスタイルは、「Rich」というテーマとこれ以上ないほど相性がいい。KOWICHIが男目線から「Richになる」という意志と行動を叩きつけるとすれば、Elle Teresaは女目線から「Richである」という自信と誇りを放つ。この対比が、楽曲に豊かな奥行きを与えている。
Elle Teresaは「私はトラップミュージックが好きなんです。なんで自分はトラップミュージックが好きなのか、ということをより自分で分かってきた気がする」と語り、ブラックミュージックのカルチャーへの深い理解と愛情を示している。その本場への敬意とリスペクトが、彼女のラップに揺るぎない説得力を与えている。
「Rich」というテーマの多層性
KOWICHIにとって「Rich」という言葉は、単に金銭的な豊かさだけを意味しない。これまでのキャリアを振り返ると、「Self Made 2」での「仲間とRichになる」というフレーズ、「一十百千万」での「稼いだ金を全部君のために使う」という誓い——これらは一貫して「稼ぐこと」を人生の中心に置いたKOWICHIのフィロソフィーを表している。川崎という街で育ち、ヒップホップへの情熱だけを頼りに道を切り拓いてきたラッパーにとって、「Rich」であることは単なる見栄ではなく、生き残ってきた証であり、これからも戦い続けるための根拠でもある。
この楽曲「Rich」では、そのテーマがさらに鮮明な形で浮かび上がる。ミレニアル世代とZ世代の境目を生きる二人のラッパーが、それぞれの言葉で「Richであること」の意味を語る。KOWICHIにとってのRichは積み上げてきたキャリアと誇りであり、Elle Teresaにとってのそれは自らの存在そのものを全力で肯定するアティチュードだ。
KOWICHIはカジュアルなボキャブラリーとリリックが聴き取りやすい鮮明なフロウを武器に、率直な語り口にユーモアも交えながらラップをエンターテインメントとして成立させる個性派ラッパーだ。自身の欲望にただただ忠実で極めてパーソナルな内容でありながら、リスナーはどこかで共感しつつその情景を思い浮かべながら楽しめてしまう不思議な魅力がある。
「Higher (Deluxe)」という文脈
「Rich feat. Elle Teresa」はデラックス版に追加収録された楽曲だが、アルバムの中での位置づけは単なるボーナストラック以上のものがある。デラックス版には「Rockstar feat. JP THE WAVY & T-Pablow」「CEO feat. MC TYSON」「SUBMARINER feat. Deech」など、豪華なゲストを招いた楽曲が多数追加されており、その中でElle Teresaとのコラボはひときわ異なる色彩を放っている。
男性ラッパーとの客演が多いKOWICHIのディスコグラフィーにおいて、フィメールMCとのコラボレーションは特別な存在感を持つ。「Rich」というテーマを女性の視点から照射することで、楽曲に新たな次元が生まれる。KOWICHIが「稼ぐ男」を体現するとすれば、Elle Teresaは「稼いだ者と対等に肩を並べる女」を体現する。どちらが上でも下でもなく、並んで立つ二人の姿が、この楽曲の核心だ。
Elle Teresaのフィーチャリングが持つ化学反応
「ラッパーに必要なのはただ一つ、覚悟だ。ラップをするのに、覚悟以外いらない。しかし、その覚悟を決めるということがどれだけ困難か」——こう評されるElle Teresaは、ヘイターからの批判を浴びながらも屈せず、四面楚歌な状況を脱してサヴァイブすることに成功した。
その覚悟がリリックに滲み出ているからこそ、Elle Teresaのラップには独特の凄みがある。可愛らしい声と日本人離れしたビジュアルという「外側」の印象とは裏腹に、その「中身」には誰にも妥協しない強さが宿っている。KOWICHIもまた、川崎というバックグラウンドと長年のキャリアに裏付けられた揺るぎない自信を持つラッパーだ。双方が「本物」であるからこそ、「Rich」というテーマで向き合うとき、言葉に重みが生まれる。
また、Elle Teresaはその後もKOWICHIとのコラボレーションを続けており、「Money, Money, Money feat. eyden & Elle Teresa」などでも二人の相性の良さを示している。「Rich」はその長い関係性の出発点となった記念碑的な楽曲とも言える。
2021年という時代背景
この楽曲がリリースされた2021年は、日本語ラップシーンにとって大きな動きがあった年だ。コロナ禍によってライブが制限される中、デジタル配信やSNSを通じた音楽との接触が急増し、日本語ラップを聴くリスナー層が一気に広がった。新しい世代のリスナーたちが日本語ラップに触れ始めた時代に、KOWICHIとElle Teresaという組み合わせは非常に象徴的な意味を持った。
ラップをスタートしてわずか一年でデビュー・ミックステープをリリースし、そこから一歩一歩キャリアを積み上げてきたElle Teresa。そのElle TeresaがKOWICHIという先輩ラッパーとコラボするという構図は、世代を超えたシーンの連帯を象徴してもいた。川崎の先輩と静岡出身のフィメールMCが「Rich」というテーマで共鳴する——日本語ラップが確実に広がっていることを示す、一つの証明でもある。
まとめ
KOWICHI「Rich feat. Elle Teresa」は、わずか3分足らずの中に「豊かさ」への渇望と誇りが凝縮された楽曲だ。KOWICHIのドライでクールなフロウと、Elle Teresaの個性的で毒気のある声が交わるとき、「Rich」という言葉は単なる金銭的な概念を超え、自らの生き方そのものへの強い肯定へと昇華される。
2016年に「WOOFIN’」の「2016’s Freshman」に選出されたことで注目を集め、そこから着実にキャリアを重ねてきたElle Teresaと、2012年のソロデビューから一度もブレることなくシーンに居続けてきたKOWICHI。二人に共通するのは、自らの力でここまで歩んできたという確固たる自負だ。その自負があるからこそ、「Rich」という言葉が単なるフレックスに留まらず、生き様そのものの表明として響いてくる。
聴き終えたあとに残るのは、単純な高揚感だけではない。二人のラッパーが積み重ねてきた時間と努力の重みが、ビートの向こうから静かに伝わってくるのだ。


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