Eric.B.Jr「Wifey」- 罪深き男の愛の告白
はじめに
2024年、日本のヒップホップシーンで最も注目を集める若手ラッパーの一人、Eric.B.Jr(エリック・ビー・ジュニア)。彼の3rdミックステープ『EASTSIDEBABY』に収録された「Wifey」は、これまでのハードコアなイメージとは一線を画す、愛と葛藤を描いた楽曲だ。
Eric.B.Jrという存在
Eric.B.Jrは2002年、大阪府大阪市東淀川区に生まれた。父親はナイジェリア人、母親は韓国と日本のハーフ。ナイジェリア、韓国、日本という三つのルーツを持つ彼の背景は、その音楽性にも大きな影響を与えている。
2019年7月、わずか16歳でYouTubeに投稿した「悪我鬼」で全国に名を轟かせる。暗闇の中、不穏な空気を漂わせる不良少年たちに囲まれ、しわがれ声でラップする少年の姿は、日本のヒップホップシーンに衝撃を与えた。
しかし、2020年には逮捕され、約1年間の空白期間を経験する。この期間は彼にとって大きなターニングポイントとなった。制限された環境の中で本を読み、リリックを書き、一つのことに長く集中することを学んだ。
2022年1月、「First Day Out」でシーンに復帰したEric.B.Jrは、さらに進化したリリシズムとフロウで聴衆を圧倒した。
ANARCHYとの師弟関係
Eric.B.Jrの音楽人生において欠かせない存在がANARCHYだ。「前から『ANARCHYは絶対に俺のこと好きやろ』などと友人に話していた」というEric.B.Jr。2023年3月、ANARCHYが主宰するクリエイティブチーム・レーベルTHE NEVER SURRENDERSから1stアルバム『KING BORN』をリリース。
自分と同じような環境で育った経験を歌ったANARCHYの楽曲、なかでも「SO WHAT?」のパンチラインに大きな衝撃を受けたという。BAD HOPが「世代のヒーロー的存在」だとすれば、ANARCHYは彼の音楽的指標となった存在だ。
ABEMAのドキュメンタリー番組『my name is』では、ANARCHYとの出会いや音楽を通じて自分の人生をどう変えてきたかが語られ、「ただの不良が音楽で人生を変えたんじゃない。音楽を通して、自分を肯定できるようになった」という言葉が多くの若者の共感を呼んだ。
『EASTSIDEBABY』という快挙
2024年6月30日にリリースされた3rdミックステープ『EASTSIDEBABY』は、全9曲、27分という短い尺の中に、Eric.B.Jrの多彩な才能が詰め込まれた作品だ。
このアルバムは、7月2日にApple Musicアルバムランキング(すべてのジャンル)で1位を獲得するという快挙を成し遂げた。aespaやNumber_iといったメインストリームのアーティストを抑えての首位獲得は、Eric.B.Jrの存在感を決定的なものにした。
客演陣も豪華だ。福岡からはYvngboi PとDADA、同郷・大阪からは地元の仲間であるYOU THUGとJin Dogg、神奈川・川崎からはBenjazzyが参加。日本でも随一のラップスキルを誇る実力派ラッパーたちが名を連ねている。
話題曲「HIPHOP YOURS」をはじめ、BAD HOPのBenjazzyが参加した「Cold Life」、そして「Wifey」など、多様な楽曲が収録されている。
「Wifey」に込められた想い
「Wifey」は、アルバムの7曲目に収録された、3分9秒の楽曲だ。タイトルの「Wifey」とは、「妻のような存在」「特別な彼女」を意味するスラング。単なる恋人以上の、深い絆で結ばれた女性を指す言葉だ。
歌詞の冒頭から、Eric.B.Jrの想いが率直に綴られる。
「お前俺のもん 横に居て Wifey / 他の奴じゃない お前しか無理 / いつまでも居てよ俺のWifeyに / お前は俺だけのもん」
独占欲とも受け取れるこのリリックだが、その裏には深い愛情と不安が隠されている。
「汚れた手 俺の上にRain / 君は不安そうにこっちを見てる / 俺が知らない事教えてくれる / 母の愛ってやつを感じてる」
ストリート育ちの自分に、母の愛を教えてくれる存在。それがEric.B.Jrにとっての「Wifey」だ。
罪深き男の葛藤
楽曲の中で最も印象的なのは、自己認識の部分だ。
「俺はGUILTYGUY$だ 罪が深えな」
GUILTY GUY$(ギルティーガイズ)は、Eric.B.Jrが立ち上げたアパレルブランドの名前でもある。「罪深い男」というアイデンティティを自ら名乗ることで、彼は自分の生き方を肯定しようとしている。
「似合わない セリフ言わす のも可愛い / お前だけ 矛盾しても あきれないでよ / 俺に必要だ 譲らないよ」
ストリートの男が愛を語る矛盾。それを受け入れてくれる唯一の存在への感謝と執着が、ここに表れている。
「嫌そうに君は見てる薬 / 理不尽に怒鳴り散らかし / パクられても後悔しない / 君とは後悔ばかり残り」
薬物への嫌悪感を示す彼女、理不尽に怒鳴る自分、逮捕されても後悔しないストリートライフ。しかし彼女との関係では後悔ばかりが残る。この対比が、Eric.B.Jrの葛藤を鮮明に描き出している。
救済としての愛
「Queenからのc all 無視で仲間といる今日 / 都合良い関係ではない / 嘘じゃないよ 今何時 気にしないよ 家じゃ1人 帰り待つ夜」
仲間といる時間を優先し、彼女を待たせてしまう。しかしそれは都合の良い関係ではないと彼は言う。
「お前の前じゃ俺もFakeになり / 他人には言えない事で愛を確かめ / 自己中な俺を 愛せるピュアな心に救われてる事も忘れてない」
彼女の前では偽りの自分になり、他人には言えない秘密で愛を確かめ合う。そんな歪んだ関係性の中でも、自己中心的な自分を愛してくれる彼女のピュアな心に救われていることを、Eric.B.Jrは忘れていない。
「隣の芝生青く見えねえ / 他所の愛が愛に俺見えねえ / 涙からいつか変える札の雨に / それまで俺の横で」
他人の恋愛は魅力的に見えない。自分にとっての愛は目の前の彼女だけ。いつか涙を札束の雨に変える日まで、そばにいてほしい。これがEric.B.Jrの切実な願いだ。
「Wifey」の音楽的特徴
これまでのEric.B.Jrの楽曲は、低く重い響きの宿る不穏なトラックの上で刺激的なリリックを吐き出すハードコアなスタイルが特徴だった。しかし「Wifey」では、よりメロディアスでエモーショナルなアプローチが取られている。
硬軟織り交ぜたフロウと、赤裸々な感情表現。これはANARCHYからの影響を受けつつ、Eric.B.Jr独自のスタイルへと昇華された結果だと言えるだろう。
GUILTY GUY$というブランド
楽曲内で言及される「GUILTY GUY$」は、Eric.B.Jrが少年院にいる時に「自分が着たい服を作りたい」と思いつき、出てきたタイミングで始めたアパレルブランドだ。
「罪深い男たち」という意味を持つこのブランド名は、彼自身のアイデンティティそのもの。過去の過ちを背負いながらも、それを糧に前に進もうとする姿勢が表れている。
現在のEric.B.Jrと未来への展望
2024年現在、Eric.B.Jrは大阪ストリートを代表するラッパーとして確固たる地位を築いている。2025年には新作『Revolution of The Underdogs』もリリースし、さらなる進化を遂げている。
彼の目標は「USのヒップホップみたいな成功モデルを日本で体現すること」。日本にも多くの成功を収めたラッパーがいるが、USと比べた時に成功のサイズが全然違うことを感じた彼は、日本の成功を世界規模のサイズに近づけることを目標としている。
BAD HOPのラストアルバムへの参加、AK-69の「ONE SHOT」でのWatsonとの共演など、大物ラッパーからのオファーも絶えない。
おわりに – ストリートと愛の狭間で
「Wifey」は、ストリートを生きる男の愛の告白だ。綺麗事ではない、矛盾に満ちた、それでも切実な想いが込められている。
「俺はGUILTYGUY$だ 罪が深えな」と自認しながらも、愛する人の前では弱さを見せる。そんな人間らしさこそが、この楽曲の魅力だ。
Eric.B.Jrの音楽は、大阪・東淀川というストリートのリアルを描きながらも、普遍的な人間の感情に訴えかける。過去の過ちを背負い、それでも前を向いて歩き続ける若者の姿は、同じような境遇にいる多くの人々に勇気を与えている。
「Wifey」は、ハードコアラッパーEric.B.Jrの新たな一面を見せた重要な楽曲だ。愛と罪、矛盾と葛藤の中で生きる男の、真摯な告白がここにある。



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