はじめに
日本語ラップシーンには、時代を代表する「アンセム」と呼ぶべき楽曲がいくつか存在する。リスナーの心を鷲掴みにし、何年経っても色あせない力を持つ曲だ。KOWICHI「Self Made 2 feat. YZERR」は、まさにそういった一曲である。2020年にリリースされたこのトラックは、川崎という同じ街を拠点に持つ二人のラッパーが一堂に会したコラボレーションとして、多くのヒップホップファンから高い支持を受けた。自らの手で道を切り拓いてきたという共通の哲学を持つKOWICHIとYZERRが、それぞれのフロウでその信念を叩きつける3分13秒は、聴き返すたびに新たな発見がある。
KOWICHIとYZERR、二人の川崎
この楽曲を語るうえで外せないのが、KOWICHIとYZERRという二人のアーティストが「川崎」という共通の地盤を持つという事実だ。
KOWICHIは神奈川県川崎市出身のラッパーで、DJ TY-KOHとYOUNG HASTLEらと自らのレーベル「FLY BOY RECORDS」を立ち上げ、飾り気のないリアルなリリックを武器に、ハードなトラックからメロディアスなミディアム・チューンまでを巧みに乗りこなし、立て続けにヒットを産むことができる稀有なMCだ。
一方のYZERRも、同じく川崎の出身だ。YZERR(本名:岩瀬雄哉、1995年11月3日生まれ)は神奈川県出身のラッパー・起業家であり、BAD HOPおよび2WINのメンバーである。双子の兄であるT-Pablowとともに川崎区で育ち、2014年に高校生ラップ選手権で優勝を果たした。
YZERRは1995年生まれ、神奈川川崎市出身のラッパーで、2014年に地元の中学の同級生とともにヒップホップクルー・BAD HOPを結成し、クルーの”頭脳”として全体のクオリティコントロールから総合的なプロデュースまでを担ってきた。
「BAD HOPの裏のボス」とも呼ばれ、高いビジネスセンスを見せつけながら、セルフプロデュースでBAD HOPをスターに押し上げた立役者がYZERRだ。
川崎という街は、日本語ラップシーンにおいて特別な意味を持つ土地だ。工業地帯を抱えた多国籍な文化が入り混じり、貧困と隣り合わせの環境の中でヒップホップが育まれてきた。日本有数のゲットーとも称される川崎南部の工業地帯で培った特異な経験と、ヒップホップでの成り上がりを体現したストレートなリリック、そしてUSトレンドとの時差を感じさせない最先端の音楽スタイルがYZERRの武器だ。 その川崎という同じ土台で育ち、それぞれ異なるキャリアを歩んできた二人が一つのトラックに乗る。それだけで、この楽曲が生まれる前から既に何かが起きそうな予感がある。
アルバム「Higher」と「Self Made 2」の位置づけ
「Self Made 2 (feat. YZERR)」は、KOWICHIが2020年にリリースしたアルバム「Higher」に収録された楽曲だ。再生時間は3分13秒で、コンパクトながらも密度の高い内容となっている。
「Higher」というアルバムタイトルは、常に上を目指し続けるKOWICHIの姿勢を象徴している。キャリアを重ねるごとに自分の価値を高め、より高いステージへと向かっていく。その文脈の中で「Self Made」というテーマが再び登場してくることには必然性がある。「自分の力で作り上げた」という意味を持つ「Self Made」は、KOWICHIが長年にわたって大切にしてきた哲学であり、この曲はその第二章として位置づけられる。
リリックに込められた成り上がりの哲学
この楽曲のコーラスから始まるフレーズ「Pay me 納得いく金を詰め 舐められたままで帰れねぇ くたばるまでSelf Made」は、この曲全体のテーマを凝縮している。誰かに評価を決めさせるのではなく、自分が納得できる対価を要求する。舐められたままでは終わらない。死ぬまで自分の力だけで道を歩み続ける。そこには、ラッパーとして長年シーンと向き合ってきたKOWICHIの矜持が、一切の妥協なく刻まれている。
「仲間とRichになる」というフレーズも印象的だ。一人で成功を摑むのではなく、共に歩んできた仲間と一緒に豊かになることを誓う。川崎というコミュニティの中で育ち、仲間との絆を大切にしてきた二人のアーティストだからこそ、このフレーズには深みと説得力がある。
さらに「情熱で動くトニーモンタナ」という一節には、映画『スカーフェイス』の主人公への言及がある。無一文の移民から巨大な地位を築き上げたトニーモンタナは、ヒップホップ文化において成り上がりの象徴として繰り返し引用されてきた存在だ。KOWICHIがこのキャラクターを自身の信念と重ね合わせることで、「Self Made」の意味がより鮮明に浮かび上がる。
「何人の奴らが死んだ 走り抜けて来たぜWinter」という一節も見逃せない。夢を追う途中で多くの者が脱落していく。それでも走り続けてきたという事実を、KOWICHIは淡々と、しかし力強く言葉にする。これは単なる自慢ではなく、生き残ってきたことへの責任感と、これからも前に進み続けるという決意の表明だ。
YZERRというフィーチャリングの必然性
この曲に登場するYZERRのヴァースは、楽曲に新たな次元をもたらす。YZERRは業界からの評価もかなり高く、ラップ以外にもプロデューサーとしての才能があることから「BAD HOPの脳」と称されている。その頭脳的なアプローチは、ラップのスキルにも現れている。フロウの変化や言葉の選び方、メロディーへの乗せ方において、YZERRは常に計算されたプレイをする。
川崎というバックグラウンドを共有しながらも、KOWICHIとYZERRはラッパーとして異なるスタイルを持つ。KOWICHIがどっしりと構えた重心の低いフロウで地面を這うように言葉を刻むとすれば、YZERRはそこに滑らかでメロディアスな流れを持ち込む。この対比が、楽曲に豊かなダイナミクスを生み出している。
「Kawasaki Drift」のリリースでその名を全国に広め、2024年2月19日には東京ドームにてBAD HOPの解散ライブが行われたYZERRは、2025年2月12日にソロ初のフルアルバム『Dark Hero』をリリースした。しかしこのコラボレーションが生まれた2020年時点では、BAD HOPはまだ全盛期を走っており、YZERRはそのフロントマンとしてシーン全体をリードする存在だった。そんなYZERRが客演として参加することで、楽曲の説得力と重みは格段に増している。
「Self Made」という哲学の深み
「Self Made」という言葉には、単に「自分で稼いだ」という経済的な意味だけでなく、もっと深い哲学が込められている。レコード会社や事務所の力を借りずに、自らの判断と行動でキャリアを切り拓いてきたという独立精神。誰かのコネや後ろ盾に頼るのではなく、音楽の力だけで這い上がってきたという誇り。そしてその過程で学んだ、失敗を恐れずに行動し続けることの大切さ。
KOWICHIは2012年のソロデビュー以来、コンスタントにアルバムをリリースし続けてきた。流行に左右されることなく、自分のスタイルを貫きながらシーンに居続けることができるラッパーは実は多くない。その意味において、KOWICHIはまさに「Self Made」を体現してきたアーティストだと言える。YZERRもまた、BAD HOPをセルフプロデュースで武道館から東京ドームまで導いた、真の意味での「Self Made」な存在だ。
同じ川崎という土地で、それぞれ異なるルートを辿りながらも、ヒップホップへの純粋な情熱だけで頂点を目指してきた二人が「Self Made 2」というタイトルの楽曲で共演する。この組み合わせには、偶然ではない必然がある。
まとめ
KOWICHI「Self Made 2 feat. YZERR」は、川崎という土地が育んだ二人の「Self Made」なラッパーによる、信念の結晶だ。華やかなフィーチャリングでありながら、その内実は極めて誠実で、地に足のついたリリックで貫かれている。2024年2月19日に東京ドームでBAD HOPの解散ライブを行ったYZERRが、この楽曲に残した言葉は、今もって輝きを失っていない。そしてKOWICHIもまた、時代が変わっても変わらぬ哲学でマイクに向かい続けている。
「くたばるまでSelf Made」という言葉は、単なるラップのパンチラインではない。それは、ヒップホップという文化と自分自身の生き方に対して、死ぬまで誠実であり続けるという誓いだ。その誓いを、川崎出身の二人のラッパーが一つのトラックの上で交わしている。それがこの曲の本当の価値であり、聴き続けられる理由だと思う。



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