KOWICHIとはどんなアーティストか
「Lost」を語る前に、まずKOWICHIというアーティストについて触れておく必要がある。KOWICHIは神奈川県川崎市出身のラッパーで、ヒップホップ・クルーenmakuでの活動を経て、2012年に1stアルバム『THE CHIPS』をリリースし、本格的にソロMCとして活動をスタートさせた。
その後、『THE DINER』(2014)、DJ TY-KOHとの『STONER LIFE THE MIXTAPE』を経て、同年に発表した”Boyfriend#2 (Remix) feat. YOUNG HASTLE, KOHH & DJ TY-KOH”がクラブ・アンセムと化した。さらに『SheCRET』(2015)、『PLAIN』(2016)とコンスタントにアルバムを発表し、2017年の『SPLASH』からは「Day Ones feat. T-Pablow & DJ TY-KOH」や「湘南ビタースイート」といったストリート・ヒット曲を送り出した。
また、DJ TY-KOHとYOUNG HASTLEらと自らのレーベル「FLY BOY RECORDS」を立ち上げ、その活動は新たなフェーズに入っていった。飾り気のないリアルなリリックを武器に、ハードなトラックからメロディアスなミディアム・チューンまでを巧みに乗りこなし、立て続けにヒットを産むことができる稀有なMCでもある。
川崎という街が育んだリアリズムと、ヒップホップへの揺るぎない愛情。その二つが交差するところにKOWICHIというラッパーの本質がある。地元への愛着を隠さず、しかし夢に向かって突き進む姿勢は多くのリスナーの共感を生み、日本語ラップシーンにおける確固たる地位を築き上げてきた。
アルバム『Value』という作品
「Lost」が収録されているのは、2018年10月17日にリリースされた6thアルバム『Value』だ。このアルバムはKOWICHIがラッパーとして幾分も価値を上げたことを示す自信作として発表されたもので、これまでに多くのヒット曲をともに手がけてきた盟友ZOT on the WAVEが全面プロデュースを担当している。これまで以上にKOWICHIの個性が引き出された作品となっている。
ゲストにはAbemaTV「KING OF TRACKS」で共演したAKLOとVingo(BAD HOP)、すでに抜群の相性を証明済みのT-Pablow(BAD HOP)、同じ川崎を拠点とする新鋭MCのERASER、そしてDJ TY-KOHや注目の若手MCらが参加している。
全13曲を収録し、収録時間は37分34秒。Value、Dirty Force One、高嶺の花、Still Fly Boy、Bandz、Super Fly Pt.2、No Brake、Closers、円山町行き、Paper Paper Paper、そして最後を締めくくるのがLostとなっている。
アルバムタイトルの「VALUE(価値)」という言葉が示すように、このプロジェクト全体がKOWICHIというMCの「今」を余すことなく映し出した一枚になっている。豪華なフィーチャリング陣とともに繰り広げられる楽曲群の中で、「Lost」はその終盤を飾るソロトラックとして特別な存在感を放っている。
「Lost」楽曲の概要
「Lost」は作詞をKOWICHI自身が、作曲をZOT on the WAVEが手がけた楽曲で、再生時間は3分06秒。アルバムの最終トラックとして配置されており、それ自体が大きな意味を持つ。ゲストを招いた曲が多い『Value』において、このラストトラックはKOWICHI一人が向き合うソロナンバーとなっている。
ミュージックビデオは2019年1月16日に公開された。リリースから数ヶ月後にMVが解禁されたことで、リスナーの間で改めてこの曲への注目が集まることになった。
コーラスでは「朝まで遊んでる、やりたい事だけで稼ぐ金」というフレーズが繰り返され、夜から朝への時間軸の中でKOWICHIが積み重ねてきた生き方が凝縮されている。好きなことで金を稼ぐ、その一点にすべての情熱を注いできたラッパーとしての矜持が、淡々としたフロウの中に宿っている。
ZOT on the WAVEとのコンビが生み出す世界観
このアルバムを語るうえで欠かせないのが、プロデューサーのZOT on the WAVEの存在だ。KOWICHIとZOT on the WAVEは長年にわたってコンビを組んできた盟友関係にある。ZOT on the WAVEのトラックは、洗練されたローファイな空気感と深みのあるビートが特徴で、KOWICHIのドライなラップスタイルと非常に相性がいい。
「Lost」においてもその関係性は遺憾なく発揮されている。重心の低い落ち着いたビートの上に、KOWICHIのフロウが静かに、しかし力強く乗っかる構造は、アルバムのクロージングとして理想的な温度感を持っている。派手なドロップも過度な装飾もなく、ただひたすらにリリックとビートが呼応し合う3分間は、聴き終わったあとに独特の余韻を残す。
「Lost」というタイトルが持つ意味
「Lost」という英単語は、直訳すれば「迷子」「失われた」という意味になる。アルバム全体が「価値」をテーマにした作品であるとすれば、このラストトラックで「Lost」というタイトルが来ることには深い意味があると考えられる。
価値を高め続け、夢に向かって突き進む過程では、必ずといっていいほど何かを失うことになる。時間かもしれないし、人間関係かもしれないし、あるいはかつての自分自身かもしれない。そうした喪失感や、高みを目指すなかで感じる孤独感が、このタイトルには含まれているように思える。しかし同時に、「朝まで遊んでいる」というコーラスのフレーズは、その孤独を受け入れながらも前に進もうとする姿勢を示唆してもいる。
「Lost」は単なる喪失の歌ではなく、迷いながらもそれを認めて、それでもヒップホップと向き合い続けるKOWICHIの正直なセルフポートレートとして機能しているのだ。
アルバムのクロージングとしての役割
全13曲というボリュームの中で、「Lost」がラストに置かれていることには大きな意味がある。アルバムというフォーマットにおいて、最後のトラックはそのプロジェクト全体のトーンを決定づける役割を担う。豪華ゲストとのコラボが並ぶ『Value』において、締めくくりを一人で静かに語りかけるような「Lost」に任せたことは、KOWICHIの表現者としての誠実さを示している。
賑やかなパーティーが終わったあとの静けさ。ゲストが帰り、一人になった部屋で自分自身と向き合う時間。そういった種類の内省がこの曲にはある。だからこそ「Lost」は、聴けば聴くほど深みを増していく一曲なのだ。
まとめ
KOWICHI「Lost」は、2018年という日本語ラップシーンにとっても充実した一年において生まれた、静かだが芯の強い楽曲だ。2018年には6thアルバム『VALUE』を発表し、同年には恵比寿リキッドルームにてワンマン・ライブも敢行したKOWICHI。その勢いの中でリリースされたこの曲には、成功を重ねながらも常に何かと戦い、失いながら進んでいくラッパーのリアルな姿が刻まれている。
ZOT on the WAVEのプロデュースによる落ち着いたビート、KOWICHIの飾らないリリック、そしてアルバムの締めを飾るソロトラックという位置づけ。これらすべてが重なり合うことで、「Lost」は単なるアルバムの収録曲を超えた存在感を持つに至っている。まだ聴いたことがないという人には、ぜひアルバム『Value』を頭から通して聴いた上で、最後にこの曲を迎えてほしい。そうすることで、「Lost」の本当の意味が体感として伝わってくるはずだ。



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