ANARCHYという男
大阪生まれ、3歳のときから京都府伏見区向島の市営団地で育ったANARCHY(本名・北岡健太)。向島ニュータウンは低所得者・暴力団関係者・在日外国人などが多く暮らす地区で知られており、日常的に喧嘩や事件が起きていた。小学生の頃に両親が離婚し、彫り師の父親に育てられた。
15歳でラッパーとしての活動を始めながら、17歳には暴走族の総長となり、18歳の1年間を少年院で過ごすことになる。罪状のひとつは「決闘罪」だった。しかし、少年院に入った後、音楽番組でZEEBRAを目にして本格的にラッパーを志すようになる。この逮捕された経験が、後にANARCHY自身の口から「逮捕されて良かった」と語られるほど、人生の転換点となった。
1995年にラッパーとしての活動を開始。2006年には1stアルバム「Rob The World」をリリース。同作はインディー発としては異例の好セールスを記録し、「ミュージック・マガジン」「Riddim」誌で年間ベスト・アルバムに選出された。
2014年にはavexのヒップホップ専門レーベル「CLOUD 9 CLiQUE」からメジャーデビューを果たす。史上初めてユネスコ世界遺産・清水寺でMVの撮影を行ったことでも話題を呼んだ。その後も2018年には自主レーベル「ONEPERCENT(ワンパーセント)」を設立し、WILYWNKAやLeon Fanourakisなど若手ヒップホップアーティストの育成にも力を入れている。
「Crest」── 過去一と断言したアルバム
2026年3月27日、ANARCHYのニューアルバム「Crest」が配信リリースされた。本作には全9曲が収録されており、すべての楽曲をKMがプロデュース。客演としてSAMI-T、3Li¥en、Watson、PUNPEEが参加している。
ANARCHYは「過去一のアルバムができた」と自身のInstagramでコメントしており、その言葉の重さは20年超のキャリアを持つ彼が言うからこそ響く。全曲を一人のプロデューサーに委ねるという手法も、今作への並々ならぬ意気込みを感じさせる。
「Why I’m Hot?」── 2曲目に置かれた問いかけ
「Why I’m Hot?」はアルバム2曲目に収録されたリードトラックで、オフィシャルビデオが360 Reality Audio対応という意欲的な映像形式でリリースされた。タイトルは「なぜ俺はホット(熱い・かっこいい)のか?」という自問であり、同時に世界への宣言でもある。向島の団地から這い上がり、少年院を経て、自主レーベルまで作り上げたその半生を背負ったANARCHYが今この問いを投げかける重さは、単純な自慢とは別次元にある。
この楽曲にSAMI-Tをフィーチャーしていることも、聴きどころのひとつだ。
客演SAMI-T── 横浜が誇る世界王者
SAMI-Tは、横浜を拠点に1991年に結成されたダンスホール・レゲエのサウンドシステムクルー「MIGHTY CROWN」のMC兼セレクターだ。メンバーはMASTA SIMONとSAMI-Tの兄弟を中心に構成されている。
1999年、ニューヨークで開催された世界最高峰のサウンドクラッシュ「ワールド・クラッシュ1999」に日本代表として出場し、見事優勝。アジア人として初のサウンドクラッシュ世界一の称号を勝ち取った。
現在、MIGHTY CROWNはこれまでに7つの世界タイトルを保有しており、今では世界のレゲエ・アイコンとして欠かせない存在となっている。
ヒップホップとダンスホール・レゲエという異なるルーツを持つ二人が交差するこの楽曲は、どちらのシーンにとっても象徴的な一曲と言える。ANARCHYはかつてPKCZ®の「MIGHTY WARRIORS」でSAMI-TやMASTA SIMONと共演しており、今回の「Why I’m Hot?」はその関係性がより深化した形での再合流とも言える。
プロデューサーKM── 現在の日本ヒップホップを形作る才能
KMは、2020年頃からの(sic)boyやLEXのプロデュースで広く知られるようになった、オルタナティブな音楽性を特徴とするプロデューサーだ。もともとは10代の頃から東京のクラブを中心にDJとして活動し、DJと並行して数々のリミックス曲をネット上に公開したことが評判を呼び、プロデューサー・ビートメイカーとして台頭した。
これまでにANARCHY、SALU、BAD HOP、田我流、ECD、SKY-HIなど、シーンを代表するアーティストの楽曲を数多く手がけてきた。
ヒップホップに根ざした音楽スタイルを保ちながらも、新しい領域に挑戦し続けるその姿勢は高く評価されており、Space Shower Music Awards 2022では「Best Producer」を受賞した。 ANARCHYとの相性は以前から証明済みで、今回「Crest」の全曲を委ねられたことは、その信頼関係の集大成とも言えるだろう。
まとめ
向島の団地という逆境から這い上がり、ゲットー出身者の逆転ストーリーを体現し続けてきたANARCHY。2026年の「Why I’m Hot?」という問いに対する答えは、楽曲そのものに刻まれている。KMというクリエイターとの化学反応、そして横浜から世界を取った男SAMI-Tとの共演──「Crest」は単なる新作にとどまらず、ANARCHYが自ら「過去一」と断言した作品として、日本ヒップホップ史に残る一枚となる可能性を秘めている。まだ聴いていない人は、ぜひアルバム全体を通して体感してほしい。



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