はじめに
2024年6月30日、大阪のストリートシーンを代表する二人のラッパー、Eric.B.Jr と Jin Dogg がタッグを組んだ「Against」がリリースされました。この楽曲はEric.B.Jrの3rd MIXTAPE『EASTSIDEBABY』に収録され、Fez BeatzとYoung Tassによってプロデュースされた渾身の1曲です。
「Against」というタイトルが示す通り、この曲は逆境に立ち向かう者たちの物語を描いています。
Eric.B.Jr – EASTSIDEBABY、大阪東淀川区の悪餓鬼
Eric.B.Jr(エリック・ビー・ジュニア)は2002年生まれ、大阪府大阪市東淀川区出身のラッパーです。ナイジェリア人の父と、日本と韓国のハーフの母を持つ彼は、多様なルーツを背景に持っています。
2019年、わずか16歳で「悪餓鬼」をリリースし、圧倒的な存在感でシーンに登場。低く重い響きの宿る不穏なトラックの上で刺激的なリリックを吐き出すようにラップするハードコアなスタイルで一躍注目を集めました。
しかし、2020年に逮捕され約1年間少年院で過ごすという困難を経験します。審判では楽曲「悪餓鬼」や「WARUGAKI II」のリリックが問題視され、彼のストリート育ちのリアルな表現が法的な問題となりました。
出所後、Eric.B.Jrは音楽に全てを懸ける決意を固めます。「悪いことを続けても上手くいかなくなる。ラッパーとして生きていくしかない」と16歳の時に覚悟を決め、精力的に楽曲制作に取り組みました。
現在はANARCHY主宰のレーベル「1%(THE NEVER SURRENDERS)」に所属。2024年6月30日にリリースされた3rd MIXTAPE『EASTSIDEBABY』は、aespaやNumber_iといったビッグタイトルを抑えてApple Music総合アルバムランキングで1位を獲得するという快挙を成し遂げました。
Jin Dogg – 大阪生野区から世界へ
Jin Dogg(ジン・ドッグ)は1990年9月10日生まれ、大阪府大阪市生野区出身のラッパーです。名前の由来はSnoop Doggと韓国の伝統的な犬種である珍島犬(ジンドッゲ)から。本名はJake Yoonで、仲間内では「ジェイク」と呼ばれています。
在日韓国人2世の父と韓国人の母を持つJin Doggは、日本と韓国の間で複雑なアイデンティティと向き合いながら育ちました。代表曲「街風」の冒頭「こちら大阪生野区朝鮮人部落」というフレーズが示すように、彼のルーツと生い立ちは音楽に深く刻まれています。
10歳で韓国に移住し、韓国のアメリカンスクールでヒップホップと出会います。日本語、韓国語、英語を話すトリリンガルという特性を活かし、日本のみならず海外での活躍も視野に入れた活動を展開しています。
2019年には1stアルバム『SAD JAKE』『MAD JAKE』を2作同時リリースし、激しさと感傷的さの二面性を見せつけました。ダークでアグレッシブなトラップスタイルから、エモーショナルに歌い上げる繊細な楽曲まで、幅広い表現力を持つラッパーとして確固たる地位を築いています。
2023年には自身主宰のレーベル「Dirty Kansai」を設立し、大阪のシーンを牽引する存在として活躍しています。
「Against」の世界観 – 逆境に立ち向かう二人
「Against」は、逆境に立ち向かう二人のラッパーの物語を描いた楽曲です。リリックの冒頭から「たとえ雨が降っても嵐が来たとしても たとえ向かうこの先が火の中でも I ain’t goin’ back home 荷物まとめて旅立つ I ain’t goin’ back home Please don’t cry mama」と力強く宣言されます。
Eric.B.Jrのパートでは、逮捕された経験、泣いている母親、拘置所にいる仲間、家にいない父親といった、ストリートで生きる者たちのリアルな現実が描かれます。「途絶えることはないこのFLOW 背に上新庄」というラインには、どんな困難があっても自分のラップを続けるという強い意志が込められています。
「たとえ俺がまた同じようにパクられたとしても」という一節は、過去の逮捕経験を踏まえながらも、それでも前に進み続けるという覚悟を示しています。実際に少年院を経験したEric.B.Jrだからこそ、このリリックには重みがあります。
Jin Doggもまた、在日韓国人として日本と韓国の狭間で受けた差別や苦悩を背景に、自分の道を貫く決意を歌います。二人に共通するのは、社会の「Against(反対)」を受けながらも、決して屈しない強さです。
Fez Beatz & Young Tass – ダークでヘヴィなプロダクション
「Against」のトラックはFez BeatzとYoung Tassによって制作されました。低音が効いたダークでヘヴィなビートは、二人のラッパーのハードコアなスタイルを完璧にサポートしています。
トラップの要素を取り入れながらも、どこか不穏で緊張感のある空気感が楽曲全体を支配しています。この重厚なサウンドが、逆境に立ち向かうというテーマをより強調し、リスナーにメッセージを深く刻み込みます。
アルバム『EASTSIDEBABY』での位置づけ
『EASTSIDEBABY』は全9曲で構成され、「Against」は5曲目に配置されています。アルバムには福岡からYvngboi PとDADA、大阪からYOU THUG、神奈川・川崎からBenjazzyといった、日本を代表する実力派ラッパーたちが参加しています。
その中でJin Doggとの共演は、同じ大阪という地元を共有する二人だからこそ生まれる特別な化学反応を見せています。世代を超えた大阪ストリートの継承と進化が、この1曲に凝縮されているのです。
アルバムは話題曲「HIPHOP YOURS」をはじめ、Benjazzy参加の「Cold Life」など注目曲を多数収録。Eric.B.Jrのスキルフルで多彩な才能と、常に進化を続ける姿勢が全編を通して発揮されています。
大阪ストリートの系譜
Eric.B.JrとJin Doggは、共に大阪のストリートシーンを代表する存在です。しかし二人のバックグラウンドは対照的です。
Eric.B.Jrは東淀川区上新庄の集合住宅で育ち、若くして非行の道に進み、少年院も経験しました。一方Jin Doggは生野区という在日コリアンが多く住む地域で育ち、日韓のアイデンティティの狭間で苦悩しました。
それぞれ異なる苦難を経験しながらも、音楽で人生を変えようとする姿勢は共通しています。この「Against」は、異なる道を歩んできた二人が、共通の敵である「逆境」に対して立ち向かう姿を描いた楽曲なのです。
MVとビジュアル表現
「Against」のOfficial Music Videoも公開されており、二人のラッパーのリアルな姿が映し出されています。大阪の街並みを背景に、真剣な表情でラップする二人の姿は、楽曲のメッセージをより強く伝えています。
おわりに – 次世代への継承
Eric.B.Jr「Against feat. Jin Dogg」は、大阪のストリートシーンを代表する二世代のラッパーが共演した、重要な楽曲です。Fez BeatzとYoung Tassによるダークでヘヴィなプロダクションの上で、二人は逆境に立ち向かう姿勢を力強く示しています。
Eric.B.Jrにとって、先輩であるJin Doggとの共演は大きな意味を持ちます。22歳の若さで既にシーンの中心を担う存在となった彼が、34歳のJin Doggと肩を並べてマイクを握る。それは大阪ストリートの継承であり、新たな時代の幕開けでもあります。
「たとえ雨が降っても嵐が来たとしても」前に進み続ける。この不屈の精神こそが、ストリートで生きる者たちの真髄であり、「Against」が持つ普遍的なメッセージなのです。
二人のラッパーが示した逆境への抗い方は、同じように困難に直面する多くの人々に勇気を与え続けるでしょう。
コメント