ジャクソン、ミシシッピ州。デープサウスのど真ん中で生まれ育った31歳の男が、今ヒップホップシーンで最もスムースな存在感を放っている。その名はAkeem Ali(アキーム・アリ)、別名Keemy Casanova。2026年の新作シングル「Velvet」は、彼が積み上げてきたキャリアの文脈の中で聴くと、単なる一曲を超えた、ひとつの美学の完成形として響いてくる。
Akeem Aliは1994年8月11日、ミシシッピ州ジャクソン生まれ。70年代ソウルとモダンラップを融合させた独自のスタイルで知られ、2020年のシングル「Keemy Casanova」で数百万ストリームを記録し、一躍その名を全国区へと押し上げた。ビートの上を泳ぐように語りかけるその声は、ピアス・ウォーカーのようなファンク的余裕とラッパーとしての知性が同居している。派手なシャウトもなく、過剰なビーフもない。ただただグルーヴと言葉の精度で勝負する男――それがAkeem Aliだ。
15歳でアーティストになることを決意した彼は、ジャクソンという荒削りな環境そのものをモチベーションに変えた。どんな障害があっても前に進み続けた厚い皮膚と回復力が、彼の作品に説明しがたい芯の強さをもたらしている。彼のラップにはジャクソンの路地の匂いがあると同時に、1970年代のメロウソウルの香りが漂う。その矛盾しているように見える二つの要素が、彼のサウンドの核心をなしている。
Akeem AliはASCAPにも注目されており、「ジャクソン出身のサザン・ルーツと70年代インスパイアのペルソナ、そしてヒップホップへの愛を融合させた唯一無二の存在感を持つ」と評されている。「Keemy Casanova」でバイラルセンセーションとなって以来、彼は詩的なライムと飽くなきカリスマで次々とトラックを送り出し、サウスにはまだまだ語るべきことがあることを証明してきた。
「Velvet(ヴェルヴェット)」という曲のタイトルが示す世界観は、Akeem Aliの音楽哲学と切っても切り離せない。この楽曲は、彼が2025年に手がけた野心作『The Texture Tape』シリーズから続く”布地・素材”コンセプトの延長線上に位置する2026年の新作シングルだ。『The Texture Tape』はポリエステル、レザー、エジプシャンコットン、クラッシュドヴェルヴェット、スエード、カシミア、ムスリン、ベルクロ、サテン、カウハイドという10のトラックで構成されており、それぞれの素材名がそのままトラックタイトルとなった独創的な作品だ。続く『The Texture Tape 2』もナイロン、コーデュロイ、シフォン、デニム、フランネル、レースなどの素材名を冠した10曲を収録し、ひとつのコンセプトをシリーズとして展開する姿勢が際立った。
そしてその流れを受けて2026年に放たれた単独シングル「Velvet」。ヴェルヴェットという素材が持つイメージ――滑らかさ、贅沢さ、深みのある質感、光の当たり方によって表情を変えるその独特の艶――は、そのままAkeem Aliの音楽の肌触りに重なる。彼の歌声は荒削りではなく、むしろ触れた者をゆっくりと包み込むような柔らかさがある。しかしそのビロードのような表面の下には、ジャクソンという街で鍛えられた硬質な芯が確かに存在している。
The Texture Tapeのレビューでは「全トラックをみっちりとバースで埋め尽くしながらも、聴き手の注意を引き続けることができる数少ないアーティストのひとり」と評価されている。巧みなメタファー、切れ味鋭いワードプレイ、テンポよく効果的なフロウ。Akeemの飄々とした語り口は、その文章の複雑さと知性をうまく隠している。また、ジャズとファンクの影響を色濃く受けたプロダクションが作品に独特のヴァイブを与えており、どこにもない聴き心地を生み出している。
「Velvet」というタイトルを冠した楽曲が特別なのは、それがAkeem Ali自身のペルソナと完璧にリンクしているからだ。Keemy Casanovaとも呼ばれる彼は、70年代のノスタルジックなエッセンスをまとい、うねるようなラップリリックとメロディックなフックを融合させ、聴く者の靴下を吹き飛ばすほどのファンクを届けてきた。スムース・ハスラーであり、詩人であり、プレイヤーであり、哲学者でもある。「Velvet」という言葉の中には、そういった彼の多面性が凝縮されている。
コラボレーションの面でもAkeem Aliのキャリアは着実に幅を広げてきた。スヌープ・ドッグとの共演「You Want My All」、T.I.やジャーメイン・デュプリとのコネクション、DaBabyとのリミックス参加。2021年のNBAオールスターウィークエンドでのパフォーマンス、コメディアンのカルロウス・ミラー、チコ・ビーン、DC・ヤングフライの「85 South Comedy Show」への出演など、音楽の枠を超えたカルチャー的な存在感も示してきた。それでも彼は決して派手さや話題性に依存することなく、一曲一曲の完成度を積み上げることで信頼を勝ち取ってきた。
ヴェルヴェットは王族の衣装に使われてきた素材だ。豪奢でありながら、どこかミステリアスで、近づくほどに深みを増す。Akeem Aliという男もまた、そういうアーティストではないだろうか。最初の一音では「スムースなサウスラップ」と聞こえるかもしれない。しかし聴き込むほどに、リリックの精緻さが、ビートとの対話が、ジャクソンという街の記憶が滲み出してくる。
「Velvet」はその名が示す通り、触れるほどに豊かになる楽曲だ。デジタル時代の速度感とは真逆に、ゆっくりとその全貌を明かしていく。Akeem Aliは急がない。ヴェルヴェットは急いで纏うものではないから。



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