20年以上にわたって日本のヒップホップシーンで戦い続けてきたベテランと、急速に存在感を増す若世代の才能が、プロデューサーKMのビートの上で激突する。ANARCHY「2026 feat. Watson」は、2026年3月27日にリリースされたアルバム『Crest』の収録曲で、このアルバム最大の聴きどころのひとつと言っても過言ではない一曲だ。まずはANARCHYというアーティストの背景を丁寧に追いながら、この曲を生み出した文脈を深く読み解いていきたい。
ANARCHYというラッパー
ANARCHYは1981年大阪府生まれ、京都市出身の日本のヒップホップMC。2000年にRUFF NECKを結成し、2003年には自主制作EP『Ghetto Day’z』を発表。2005年12月に1stシングル『Ghetto King』を発表し、2008年の2ndアルバム『Dream and Drama』は各メディアにて大きな反響を呼んだ。その後も新世代のラッパーの旗手として高い評価を受け続け、2013年11月にはフリー配信の4thアルバム『DGKA(DIRTY GHETTO KIDS ANARCHY)』が米配信サイトのチャートで1位を獲得している。
1995年からラップを始め、2014年にはエイベックスのヒップホップ専門レーベル「CLOUD 9 CLiQUE」とメジャー契約を締結し、メジャーデビューアルバム「NEW YANKEE」をリリースした。
ヒリヒリするような緊張感、リアリティを帯びたリリックとパワフルなラップを武器に、時にブルージーに、時にエモーショナルに、聴く者の心を問答無用で揺さぶる。そんなANARCHYは、将来の選択肢が限られていて、何かを少し間違えれば道を踏み外してしまいかねない厳しい境遇から抜け出すために、その状況すらも逆手に取り、時に赤裸々に、時にユーモアを交えてリリックに思いを込めてラップで吐き出してきた。ラップに救われ、マイク1本でスターダムを駆け上がるというサクセスストーリーを、日本のヒップホップシーンの真ん中で地に足を着けながら実現してきたラッパーだ。
アルバム『Crest』とKMとの邂逅
「2026 feat. Watson」が収録されているアルバム『Crest』は2026年3月27日に配信リリースされた、2024年11月リリースの『LAST』以来となるニューアルバムだ。収録された9曲すべてをKMがプロデュースし、客演にはSAMI-T、3Li¥en、Watson、PUNPEEを迎えた。ANARCHYは本作のリリースに伴いInstagramにて「過去一のアルバムができた」と投稿している。統率されたクリエイションによって、最高傑作に相応しい一作が完成した。
アルバムのトラックリストは以下の通りだ。01. Bad Morning / 02. Why I’m Hot? feat. SAMI-T / 03. Doudemoii feat. 3Li¥en / 04. Two For The Show / 05. Jordan / 06. 2026 feat. Watson / 07. Just Right feat. PUNPEE / 08. Flight Mode / 09. The Bible。
全9曲という凝縮された尺の中で、同一プロデューサーのビートによって一本の軸が通っている。ヒップホップアルバムとして、この統一感は非常に重要だ。KMというプロデューサーがANARCHYのラップスタイルと声質を理解した上でビートを作り込んでいるからこそ、アルバム全体が一つの作品として機能している。その中でトラック6に配置された「2026」は、ちょうどアルバムの折り返し点に位置する、いわば心臓部とも言える楽曲だ。
タイトル「2026」が持つ意味
曲のタイトルがそのまま「2026」、つまりリリースされた年そのものというのは、決して偶然ではない。ヒップホップには「今この瞬間を刻む」という強い衝動があり、それはアルバムタイトルにもトラックタイトルにも表れる。2026年という現在地を曲のタイトルにするということは、この瞬間に生きている自分たちの証拠を音楽に残すという宣言に他ならない。10年後、20年後に「2026」というタイトルのこの曲を聴けば、それは確実にこの時代の空気を伝えるタイムカプセルになる。ANARCHYがラップを始めた1995年から30年が経過した今、彼がキャリアの成熟期に「2026」という年号をタイトルに冠したことには、ある種の覚悟と誇りが込められているはずだ。
WatsonとANARCHYの縁
客演に迎えられたWatsonは、現在の日本語ラップシーンにおいて最も注目を集める若世代の一人だ。徳島県出身のラッパーで、等身大で独特なリリックと特徴的な声質、フロウでリスナーを魅了してきた。
POP YORSでのパフォーマンス映像やBonbero、LANA、MFSと共に担当した2023年の『POP YOURS』オリジナルソング、これまでに発表してきた複数のアルバムなどで一気にスターダムを駆け上がったWatson。
Watsonの1stアルバム『Soul Quake』には、ANARCHYをはじめC.O.S.A.、IO、Jin Dogg、¥ellow Bucks、eyden、Leon Fanourakisといったシーンを代表する豪華ゲストが参加し、地元の盟友LucyとNeroも迎えた全16曲入りの大作となっている。ビートはこれまで数多くの楽曲でタッグを組んできたKoshyが全プロデュースを担当した。
ANARCHYとWatsonはすでに複数の楽曲で共演実績があり、WatsonのアルバムにはANARCHYを迎えた「どうかな? feat. ANARCHY」が収録されるなど、二人の間には信頼関係が積み上がっている。互いのスタイルを熟知した者同士が同じトラックに乗ることで生まれる化学反応は、初対面のコラボには出せない深みを持つ。
ベテランと新世代が交わる場所
「2026 feat. Watson」という楽曲の面白さは、ANARCHYとWatsonという異なる世代・異なるスタイルを持つ二人が、KMのビートという共通の土台の上でそれぞれの個性を発揮するところにある。ANARCHYの30年近いキャリアから滲み出る「重さ」と、Watsonの等身大で赤裸々なリリックが持つ「鋭さ」は、同じ曲の中で互いを際立たせる。ベテランが若手に花を持たせるのでも、若手がベテランの威光を借りるのでもなく、対等に向き合って一つの作品を作る。それができるのが、この二人の関係性の証明でもある。
「過去一のアルバムができた」というANARCHY自身の言葉は、単なる宣伝文句ではなく、全曲をKMに委ねるという大きな賭けに出て、結果として自分でも驚くほどの作品が完成したという実感から来ているはずだ。その作品の折り返しに置かれた「2026 feat. Watson」は、アルバムの核心を担う一曲として、ぜひ通しで聴く中で体感してほしい。最初から最後まで聴いた上で、改めてこのトラックに戻ってくると、またひと味違う表情を見せるはずだ。



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