ヒップホップカルチャーが切り拓いた、新たなアニソンの形
2025年にリリースされた「黄金の彼方(Golden Horizon)」は、日本のヒップホップシーンを代表する女性ラッパー・Awichと、ファンク・ソウル・ジャズにヒップホップを融合させる多国籍バンドALIによる、まさに「ヒップホップの最前線」が結集したコラボレーション楽曲です。
2026年1月5日より放送開始となったTVアニメ「ゴールデンカムイ」最終章のオープニングテーマとして制作されたこの曲は、単なるアニメソングの枠を超え、日本のヒップホップカルチャーが到達した現在地を象徴する作品となっています。
かつてアンダーグラウンドだったヒップホップが、今や国民的アニメ作品のテーマソングとして堂々と鳴り響く——これは日本のヒップホップシーンが長年積み重ねてきた歴史の成果です。そしてこの楽曲は、ALIが「LOST IN PARADISE feat.AKLO」(呪術廻戦)で切り拓いたアニメ×ヒップホップの系譜を、さらに進化させたものと言えるでしょう。
楽曲に込められたヒップホップの魂
リリックに刻まれた「旅」と「サバイバル」
作詞はAwich・LEO、作曲はChaki Zulu・LEO・Ryo’LEFTY’Miyata、編曲はChaki Zuluが手掛けており、ヒップホップの根幹である「リアルな物語」を紡ぐことに徹底的にこだわっています。
冒頭から繰り返される「行けど行けども」というフレーズは、まさにヒップホップが常に描いてきた「果てしない旅路」のメタファーです。困難な環境からの脱出、自分自身の居場所を探し求める姿勢——これはヒップホップが誕生以来、一貫して歌ってきたテーマそのものです。
「抱える Pain ぶち抜く Change / 見つける Place with our name」という一節は、痛みや苦難を乗り越えて自分たちの場所を確立するという、ヒップホップ文化の本質を体現しています。これは単なる物語の描写ではなく、AwichやALIが実際に歩んできた人生そのものでもあるのです。
「茨の道進む我こそが Run this ground / 散らばったカケラ拾い集め Town to town」というラインは、ヒップホップ的な「ハスラー精神」を見事に表現しています。誰も通らない道を自ら切り拓き、散らばったピースを一つ一つ拾い集めて完成させていく——これはまさにAwichが沖縄からアメリカ、そして日本のメインストリームへと上り詰めてきた軌跡そのものです。
「道なき道をどこまでいけば Will I be found? / 誰のため?誰の夢?問い詰めてる Got me doubting myself」という部分には、ヒップホップアーティストが常に抱える葛藤が率直に表現されています。成功への道程で自己を見失いかける瞬間、そしてそれでも前に進み続ける強さ——これこそがヒップホップが持つ「リアルを語る」という精神です。
そして「黄金の彼方」というタイトルに込められた希望。「差し込む Rays after the rain / 神々が照らす Ways」という詩的な表現は、困難を乗り越えた先にある栄光を示唆しており、ヒップホップにおける「サクセスストーリー」の一つの到達点を表現しています。
最後は「We are the light / We are the greats / 新たなescape / Guided by starlight」という、自己肯定と未来への希望に満ちたメッセージで締めくくられます。この「We are the greats(俺たちこそが偉大だ)」という宣言は、まさにヒップホップが持つ「自己主張」の精神そのものです。
Awichのラップスタイルとその革新性
Awichの最大の魅力は、日本語・英語・沖縄の方言(ウチナーグチ)を織り交ぜた独自のリリックと、攻撃的でありながら優しさも感じさせる表現力です。これは日本のヒップホップシーンにおいて革命的なことでした。
従来の日本語ラップは、英語をどう取り入れるかで悩んできました。しかしAwichは、バイリンガルとして育った自然な言語感覚で、日本語と英語を完全に融合させています。さらにウチナーグチを加えることで、「自分のルーツを大切にする」というヒップホップの本質を体現しているのです。
彼女のフロウは、タイトなラップとソウルフルなヴォーカルを自在に行き来します。これは単なるテクニックではなく、伝えたい感情に応じて最適な表現方法を選択するという、成熟したアーティストの姿勢です。
アメリカでのストリートライフ、夫との死別、シングルマザーとしての苦悩——これらの経験を赤裸々に音楽に昇華する姿勢は、ヒップホップが持つ「リアルを語る」という精神の真骨頂です。2Pacから学んだこの姿勢を、彼女は現代の日本で見事に体現しています。
グローバルな評価と次世代への影響
2024年、Awichは香港からニューヨークまで世界中で公演を行い、88rising Futuresの一部として『Coachella 2024』に出演。Wu-Tang ClanのRZAがプロデュースした新曲「Butcher Shop」を披露するなど、世界のヒップホップシーンでも存在感を示しています。
グラミーも注目する彼女の活動は、日本のヒップホップが世界に通用することを証明しています。そして何より重要なのは、彼女が女性ラッパーたちのロールモデルとなり、次世代の道を切り拓いていることです。
日本のヒップホップシーンにおいて、90年代や2000年代は女性ラッパーの存在自体が珍しいものでした。しかし2020年代、LANA、NENE、MaRIといった才能豊かな女性ラッパーたちが続々と登場しています。この変化を可能にしたのは、間違いなくAwichの存在があったからです。
ALI——ブラックミュージックへのリスペクトが生んだ革新
多国籍ヒップホップ/ファンクバンドの誕生
ALI(アリ)は、2016年6月3日に結成された、ヒップホップをベースにファンク、ソウル、ジャズ、ラテンなどを融合させた多国籍音楽集団です。バンド名「Alien Liberty International」の略称であるALIが結成されたのは、奇しくも元世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリが亡くなった日でした。
「次は俺たちがキングになる」——この宣言こそが、ヒップホップ精神そのものです。ヒップホップとは常に「次は自分たちの時代だ」と宣言し、実際にその座を勝ち取ってきた文化なのです。
ブラックミュージックへの深いリスペクト
ALIの音楽性を理解する上で最も重要なのは、彼らがブラックミュージックに対して持つ深いリスペクトです。中心人物であるLEOは、ニーナ・シモン、ボブ・マーリー、ジム・モリソンといったレジェンドから影響を受け、14歳の頃から「音楽でアメリカに行く」と公言。高校卒業後は週5日、5年間ピアノと発声を学び続けました。
彼らの音楽は、ファンク、ソウル、ジャズ、ラテンといったルーツミュージックをベースに、ヒップホップ、ロック、スカをミックスしたクロスオーバーなサウンドが特徴です。これは単なる模倣ではなく、ブラックミュージックの歴史に対する「愛と返答」なのです。
LEO自身が語っているように、「音楽の歴史に返答したいし加わりたい」という気持ちがALI結成の理由でした。ヒップホップもまた、ファンクやソウルといった先人たちの音楽を「サンプリング」することで新しい表現を生み出してきました。ALIのアプローチは、まさにヒップホップの「サンプリング精神」を生演奏で体現しているのです。
ヒップホップ要素を持つ多国籍性
ALIのメンバー構成は、日本、スペイン、イギリス、フィリピン、カメルーン、フランス、インドネシア、オランダ、ブラジルなど、多様な国のルーツを持つ人々で構成されています。
この多国籍性は、ヒップホップが本来持っている「ボーダーレス」な精神と完全に合致しています。ヒップホップは1970年代のニューヨーク・ブロンクスで、様々な人種・民族が混ざり合う環境から生まれました。ALIの多国籍性は、まさにヒップホップのルーツを体現しているのです。
AKLOとのコラボレーションが示すヒップホップへの理解
2020年、ALIがリリースした「LOST IN PARADISE feat.AKLO」(TVアニメ『呪術廻戦』エンディングテーマ)は、日本のみならず海外でもバイラルヒットとなりました。
AKLOとの出会いは、LEOが以前働いていたバーにAKLOが客として来店した際、「俺がヒップホップを変えてやりますよ」という発言に感銘を受けたことがきっかけでした。後に改めて挨拶をしに行き、「力を貸してください」と依頼。この姿勢は、ヒップホップにおける「リスペクト」の作法を心得ているからこそ可能なものです。
ヒップホップシーンでは、先輩に対する敬意、コラボレーションの作法といった「ルール」が存在します。ALIがこうした文化を理解し、実践していることは、彼らがただブラックミュージックをプレイするだけでなく、その精神性まで理解していることを示しています。
アニメとヒップホップを繋いだ革新
「LOST IN PARADISE feat.AKLO」に続き、2022年には「ゴールデンカムイ」第4期のオープニングテーマ「NEVER SAY GOODBYE feat. Mummy-D」を担当。Mummy-DはRHYMESTERのメンバーであり、日本のヒップホップシーンのレジェンドです。
そして2025年の「黄金の彼方」では、Awichというヒップホップクイーンとタッグを組みました。ALIは一貫して、日本のヒップホップシーンの重要人物とコラボレーションすることで、アニメ音楽にヒップホップの本格的な要素を持ち込んでいるのです。
LEOのソロプロジェクト化とチームとしてのALI
2024年10月5日からLEOによるソロプロジェクトとなったALIですが、LEOは「ALIを俺のソロとは思ってない」「ALIというチームが求めてることを俺がリーダーとしてやる」と語っています。
この姿勢は、ヒップホップにおける「クルー」の概念と深く関係しています。ヒップホップでは、個人のスキルと同時に、クルーやチームとしての結束が重視されます。Wu-Tang Clan、A Tribe Called Quest、The Rootsといった伝説的グループは、個々のメンバーが優れていると同時に、チームとしての化学反応が音楽を昇華させてきました。
LEOが『HUNTER×HUNTER』の幻影旅団を例に挙げながらチームとしてのALIを継続する意志を示しているのも、このヒップホップの「クルー精神」を理解しているからこそです。
「黄金の彼方」が示す日本のヒップホップの現在地
Chaki Zuluのプロデュースが示すサウンドの進化
「黄金の彼方」の編曲を手掛けたChaki Zuluは、Awichの音楽を語る上で外せない人物です。YENTOWNのメンバーでもある彼は、トラップミュージック以降のサウンド解釈として確かなものをAwichとのコンビで提示してきました。
ヒップホップは常に進化し続ける音楽です。1970年代のブレイクビーツから、80年代のサンプリング、90年代のブームバップ、2000年代のサウスサウンド、そして2010年代以降のトラップへ。Chaki ZuluとAwichは、トラップとUKドリルの境を曖昧にするようなグローバルなトレンドをアップデートさせたサウンドで勝負しています。
「黄金の彼方」においても、重厚なビート、疾走感のあるリズム、そして空間を活かしたサウンドデザインが見事に融合しています。これは単なるアニメソングではなく、現代のヒップホッププロダクションの最前線を示す作品なのです。
クロスオーバーの時代——ジャンルの壁を超えて
ALIの音楽性が示すように、現代のヒップホップはもはや単一のジャンルではありません。ファンク、ソウル、ジャズ、ロック、R&B、トラップ、ドリル——あらゆる音楽要素を取り込み、新しい表現を生み出し続けています。
「黄金の彼方」もまた、ヒップホップをベースにしながら、ファンクのグルーヴ、ソウルの情感、ロックのエネルギーを融合させた作品です。これはまさに、ヒップホップが持つ「サンプリング精神」「クロスオーバー精神」の現代的な形なのです。
まとめ——ヒップホップが示す未来への道
「黄金の彼方」は、日本のヒップホップが到達した一つの到達点を示す作品です。
沖縄からアメリカ、そして世界へ——Awichが歩んできた道は、まさにヒップホップが体現してきた「サクセスストーリー」そのものです。2Pacに導かれ、自らの「リアル」をリリックに刻み、世界に挑戦する彼女の姿は、次世代のラッパーたちに希望を与えています。
多国籍バンドとしてブラックミュージックへのリスペクトを示しながら、独自のサウンドを構築してきたALI。彼らが示すのは、ヒップホップの本質——先人へのリスペクトと、新しい表現への挑戦——を理解した上での革新です。
ヒップホップは1970年代のニューヨーク・ブロンクスで、何も持たない若者たちが「声」を獲得するために生み出した文化でした。それから50年以上が経ち、日本においてもヒップホップは若者たちの「声」となり、そしてメインストリームの音楽となりました。
「黄金の彼方」に込められた「We are the greats(俺たちこそが偉大だ)」という宣言は、日本のヒップホップシーンが世界に向けて発するメッセージでもあります。
アンダーグラウンドからメインストリームへ。マイノリティからマジョリティへ。そして日本から世界へ——ヒップホップは常に境界を超えてきました。「黄金の彼方」は、その道程の先にある「黄金」を目指す、すべてのヒップホップアーティストへの応援歌なのです。
ぜひこの楽曲を聴いて、日本のヒップホップが到達した現在地を体感してください。そしてTVアニメ「ゴールデンカムイ」最終章とともに、ヒップホップカルチャーの力強さを感じてください。
We are the greats——その言葉が意味するものを、あなた自身の耳で確かめてほしいのです。


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