はじめに
宮崎県出身のラッパー・GADORO(ガドロ)が2023年2月にリリースしたアルバム『リスタート』。その12曲目に収録された「PINO」は、GADOROの音楽性を象徴する重要な一曲だ。hokutoがサウンドプロデュースを手がけたこの楽曲は、裕福な生活ではなく平凡な日常の中にある当たり前の出来事の中に特別な価値や幸せを見出していこうと歌う前向きな作品となっている。ミュージックビデオは地元・宮崎で撮影され、GADOROの故郷への深い愛情が全面に表現された内容となっている。
「PINO」というタイトルの意味
「PINO」とは、森永乳業が販売するアイスクリームの商品名だ。コンビニやスーパーで手軽に買える、庶民的なアイスクリーム。高級なデザートではなく、日常の中でふと食べたくなる身近な存在——。このタイトル選びにこそ、GADOROが伝えたかったメッセージが込められている。
特別なものではなく、いつもそこにあるもの。派手ではないけれど、確かに心を満たしてくれるもの。「PINO」というタイトルは、楽曲全体のテーマである「平凡な日常の中にある幸せ」を完璧に表現している。
hokutoによるサウンドプロデュース
この楽曲のサウンドプロデュースを手がけたhokutoは、心地よいメロディと温かみのあるビートで知られるプロデューサーだ。「PINO」でも、彼らしい親しみやすくも洗練されたトラックを提供している。
ビートは決して派手ではないが、GADOROのリリックを優しく包み込むような温もりがある。リラックスした雰囲気の中にも、前を向いて歩いていこうとする前向きなエネルギーが感じられる。このサウンドは、まさに楽曲のテーマである「平凡な日常」にぴったりとマッチしている。
アルバム『リスタート』全体を通して見ても、「PINO」は特に親しみやすく、リスナーの心に寄り添う楽曲となっている。ミックスはDJ PMXが、マスタリングは塩田浩が担当し、高品質なサウンドに仕上がっている。
楽曲に込められたメッセージ
「PINO」の最大の魅力は、そのメッセージ性にある。GADOROは、裕福な生活や派手な成功を追い求めるのではなく、普段の平凡な日常の中にある当たり前の出来事の中に特別な価値や幸せを見出していこうと歌っている。
実家に帰って母親の手料理をタッパーに入れて持ち帰ること。駄菓子屋で懐かしいお菓子を買うこと。テキーラやシャンパンではなく、ファンタやコーラを選ぶこと。どん兵衛を啜ること——。そうした何気ない日常の一コマ一コマが、実は何よりも大切な宝物なのだと、GADOROは語りかけてくる。
「普通の生活が不朽の名作」「スーパープレイじゃなくて良いもん ただ平凡なプレイを積み重ねよう」といったフレーズからは、GADOROの人生哲学が滲み出ている。華やかな成功や注目を集めることよりも、地に足をつけて、一日一日を大切に生きていくこと。それこそが本当の幸せなのだと。
地元・宮崎で撮影されたミュージックビデオ
2023年7月26日に公開された「PINO」のミュージックビデオは、GADOROの地元・宮崎県で撮影された。監督を務めたのは、ラップやビートメイク、ヒューマンビートボックスまでこなすマルチクリエイターのISSEIだ。
ISSEIは、後にGADOROの他の楽曲「自遊空間」のMVも手がけるなど、GADOROとの信頼関係を築いていく。「PINO」のMVでは、宮崎の日常風景が丁寧に切り取られており、楽曲の世界観と完璧にリンクした映像作品となっている。
MVには、地元の街並み、海、空、そしてそこで暮らす人々の姿が映し出される。特別な観光地ではなく、GADOROが生まれ育ち、今も暮らし続けている高鍋町のありのままの風景。その何気ない景色こそが、GADOROにとっての「不朽の名作」なのだ。
ファンの中には、MVに登場する場所を訪れる「聖地巡礼」を楽しむ人も現れている。GADOROの音楽を通じて宮崎県高鍋町の魅力が全国に伝わり、地元への関心が高まっていることは、まさにGADOROが望んでいたことだろう。
アルバム『リスタート』における位置づけ
「PINO」は、アルバム『リスタート』の12曲目、つまりラスト2曲目に収録されている。アルバムの終盤に配置されたこの楽曲は、聴き手に安らぎと希望を与える役割を果たしている。
『リスタート』は、GADOROが自身のレーベル「Four Mud Arrows」を設立後、初めてリリースしたアルバムだ。独立という新たな道を選び、不安の中でも前に進もうとするGADOROの決意が込められた作品である。
アルバム全体を通して、GADOROは自身の等身大の姿を描き続けている。「PINO」もその一つであり、特にこの曲では、どんな状況でも変わらず大切にしたい「平凡な日常」への愛情が表現されている。成功しても、失敗しても、変わらず価値があるものは何か——。それは、地元の風景であり、家族との時間であり、仲間との絆であり、何気ない日常の幸せなのだ。
GADOROのライフスタイルの体現
「PINO」は、GADOROのライフスタイルそのものを体現した楽曲でもある。成功を収めた今でも、GADOROは東京などの都会に拠点を移すことなく、宮崎県高鍋町に住み続けている。
全国各地でライブを行い、武道館という大舞台にも立った。しかし、家に帰れば、実家で母親の手料理を食べ、地元のコンビニで買い物をし、昔から変わらない風景の中で生活する。この一貫したスタンスこそが、GADOROの最大の魅力であり、多くのファンが共感するポイントなのだ。
「ラッパーのくせに今日も緩く暮らす」というフレーズには、GADOROのユーモアと同時に、自分らしさを貫く強さが感じられる。ラッパーだからといって、常にハードでアグレッシブである必要はない。平凡に、緩く、自分のペースで——。それでいいのだと、GADOROは教えてくれる。
平凡さの中にある不朽の価値
「PINO」が多くの人の心に響くのは、誰もが共感できる「平凡さ」を歌っているからだ。特別な才能がなくても、大きな成功を収めていなくても、日々を真面目に生きている人々。そんな人たちの人生にこそ、かけがえのない価値があるのだと、GADOROは伝えている。
現代社会では、SNSなどを通じて他人の華やかな生活が目に入りやすく、自分の平凡な日常に劣等感を抱いてしまうこともある。しかし「PINO」は、そんな比較の呪縛から解放してくれる。「普通の生活が不朽の名作」なのだから。
母親の手料理、駄菓子屋での買い物、炭酸飲料を飲むこと、どん兵衛を食べること——。こうした些細な日常の一コマが、実は人生を豊かにする大切な要素なのだ。派手なスーパープレイではなく、平凡なプレイを積み重ねていくこと。それこそが、充実した人生を作り上げていく。
武道館への道のりと変わらぬ心
「PINO」がリリースされた2023年の時点で、GADOROはまだ武道館でのワンマン公演を実現していなかった。しかし、この曲に込められた「平凡な日常を大切にする」というメッセージは、その後の武道館公演を経ても変わることはなかった。
2025年3月6日、GADOROは念願の日本武道館でのワンマン公演「四畳半から武道館」を成功させる。しかし、その後も彼は変わらず宮崎に住み続け、地元での生活を大切にしている。「PINO」で歌った価値観は、成功しても揺らぐことのない、GADOROの核心部分なのだ。
武道館という夢を叶えた後にリリースされたアルバム『HOME』においても、GADOROは変わらず地元への愛と平凡な日常の価値を歌い続けている。「PINO」は、そんなGADOROの一貫した姿勢の原点を示す重要な楽曲と言えるだろう。
おわりに
「PINO」は、GADOROの音楽の本質を体現した名曲だ。hokutoの温かみのあるトラックに乗せて、GADOROは平凡な日常の中にある幸せを丁寧に描き出している。
地元・宮崎で撮影されたミュージックビデオは、楽曲のメッセージを視覚的に補完し、GADOROの故郷への深い愛情を伝えている。特別な場所ではなく、いつもの風景。特別な瞬間ではなく、何気ない日常。そこにこそ、本当の価値がある。
「普通の生活が不朽の名作」——。このシンプルで力強いメッセージは、多くの人々の心に希望を与え続けている。派手な成功や注目を追い求めるのではなく、目の前にある日常を大切に生きること。それが、本当の幸せへの道なのだと、「PINO」は優しく、しかし確信を持って教えてくれる。
風呂上がりにPINOを食べながら、この曲を聴く。そんな何気ない時間こそが、実は人生で最も贅沢な瞬間なのかもしれない。GADOROの「PINO」は、そんな平凡な日常の中にある小さな幸せに気づかせてくれる、温かくて前向きな名曲だ。

 
  
  
  
  

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