はじめに
2009年12月2日にリリースされたSTICKYの1stソロアルバム『WHERE’S MY MONEY』。全体を通してダークでヘヴィな雰囲気が支配するこのアルバムの中で、10曲目に収録された「タマには (feat. BRON-K)」は、STICKYには珍しく穏やかな光が射す楽曲として、アルバムにおける重要な「救い」の役割を果たしています。
鬱屈した思いをBRON-Kと軽やかに反転させる「タマには」は、「終わりなき道」と共にアルバムの救いとして位置づけられています。
楽曲の世界観 – STICKYには珍しい穏やかさ
アルバム『WHERE’S MY MONEY』は、タイトルが示す通り「金」をテーマに、ストリートでの苦悩、不信感、孤独といった重いテーマを扱った作品です。「下から眺める 景色は最低だね」という冒頭の言葉に象徴されるように、全体を通して暗く重苦しい雰囲気が漂います。
しかし「タマには」は、そんなアルバムの中で一筋の光明を見せる楽曲です。STICKYには珍しく穏やかな光が射す日中の情景を歌い、プレッシャーから解放された日がある幸せを噛み締める1曲となっています。
朝起きて気分がいい、カーテンの隙間から光が差し込む部屋といった、STICKYの他の作品では見られないほのぼのとした情景描写が特徴的です。普段はネガティブで鬱屈した世界を描くSTICKYが、「タマには」こういう穏やかな日もある、という束の間の安らぎを表現しているのです。
I-DeAとK.Matsudaによるプロデュース
「タマには」のトラックはI-DeAが制作し、K.Matsudaがアディショナル・キーボードで参加しています。エグゼクティブプロデューサーであるI-DeAは、アルバムの大半のトラックを手がけていますが、この曲では特にメロディアスで心地よいサウンドを作り上げています。
K.Matsudaのキーボードが加わることで、トラックに温かみと優しさが生まれ、STICKYとBRON-Kのラップを優しく包み込むような仕上がりになっています。ダークで攻撃的なビートが多いアルバムの中で、この曲だけは柔らかく、リスナーにも一息つける空間を提供しています。
BRON-K – SD JUNKSTAの謡うラッパー
フィーチャリングを務めるBRON-Kは、神奈川県相模原市のヒップホップグループSD JUNKSTAのメンバーで、NORIKIYOと意気投合してグループを結成した創立メンバーの一人です。
BRON-Kの最大の特徴は、その流麗でメロディアスなフロウです。「謡うラッパー」とも称される彼のスタイルは、驚くほどにセンスの良い言葉選び、そして心地よいフローで知られています。彼のラップは、ただ言葉を並べるのではなく、メロディーを奏でるように歌うように流れていくのが特徴です。
苦悩の中にある一時の安らぎ
興味深いのは、曲中には、テーマであるはずの解放感よりも切迫感ある言葉の方が多く並んでいるという点です。タイトルは「タマには」、つまり「たまには」であり、この穏やかな日常は決して日常的なものではなく、あくまで「たまに」しか訪れない特別な瞬間なのです。
「ポジティブなバイブスよりネガティブが体に染み込んでる パラノってる マイペース上手くやってみせる」「自信はあるけど不安もある」というリリックが示すように、表面的には穏やかな日を歌っていても、STICKYの内面には常に不安と緊張が渦巻いています。
それでもこの曲は、そんな苦悩の中にも確かに存在する一時の安らぎを大切にする姿勢を示しています。どんなに辛い状況でも、たまには訪れる穏やかな瞬間を噛み締め、そこから力を得て前に進もうとする。そんなメッセージが込められているのです。
STICKYとBRON-Kの化学反応
「でもオッケー!」のテンションが愛くるしく、STICKYの他の作品では出てこない明るさが、この曲の魅力の一つです。普段はクールでダークなSTICKYが見せる、こうした人間味あふれる瞬間は非常に貴重です。
BRON-Kとのコンビネーションも絶妙です。「気のおけないアイツらはいつも立ち止まる俺の先を行くから Yeah Homie 見せつけてやるぜ 誰にも負けちゃいないと」というBRON-Kのヴァースは、仲間への感謝と、それに応えようとする気持ちが表現されています。
STICKYが常に「一人」を強調し、孤独を抱えながら生きる姿勢を見せる中で、この曲では仲間の存在が肯定的に描かれています。「考えるより行動 ダチの言葉が俺の背中を押してくれた事 感謝してるよ My Homie」という言葉は、STICKYにしては珍しく素直な感謝の表現です。
アルバムにおける「救い」としての役割
『WHERE’S MY MONEY』というアルバムは、金を巡る葛藤、人間不信、自己嫌悪といったネガティブな感情が渦巻く重い作品です。「落ち着かねぇFUCK/金が戻ってくるのは何時になる」「取り戻せない 時間と金/苦しむ また苦しむ」「誰も信用できねぇよ/誰かを信用したいよ でも」といった絶望的な言葉が連なります。
そんな中で、「タマには」は一時の休息を与える楽曲として機能しています。13曲目の「終わりなき道」が、苦悩の中でも前に進もうとする強い意志を示すのに対し、10曲目の「タマには」は、その前に一度立ち止まって深呼吸する時間を与えてくれます。
アルバムの流れの中で、前半から中盤にかけての重苦しい雰囲気を一度リセットし、後半の「終わりなき道」へと繋げる重要な役割を果たしているのです。
「たまには」という言葉が持つ意味
タイトルの「タマには」という言葉には、深い意味が込められています。それは、穏やかな日常が「たまに」しか訪れないという現実の厳しさを示すと同時に、そんな稀な瞬間だからこそ大切にしよう、という前向きなメッセージでもあります。
ストリートで生きる者にとって、心から安らげる瞬間は決して日常的なものではありません。常に警戒し、金のことを考え、人間関係に悩み、明日への不安を抱えながら生きている。そんな中で訪れる「たまの」平和な朝は、何物にも代え難い宝物なのです。
STICKYの人間性が垣間見える瞬間
STICKYの曲を聴いていると、自虐的な部分も茶目っ気や照れ隠しに見えてくるという指摘があるように、彼のネガティブな表現の裏には、実は繊細で優しい人間性が隠れています。
「タマには」は、そんなSTICKYの人間らしさが最も表れた楽曲の一つです。常に強がり、一人で生きていく姿勢を見せながらも、心の奥底では仲間を大切に思い、穏やかな日々を求めている。そんな素直な感情が、この曲には溢れています。
おわりに – 光と影のコントラスト
「タマには (feat. BRON-K)」は、STICKY『WHERE’S MY MONEY』というダークなアルバムの中で、貴重な光を投げかける楽曲です。I-DeAとK.Matsudaが作り出した温かみのあるトラックに乗せて、STICKYとBRON-Kが束の間の安らぎを歌います。
この曲の存在があることで、アルバム全体に深みが生まれています。絶望だけでなく希望も、孤独だけでなく仲間との絆も、そして苦悩だけでなく安らぎの瞬間も描くことで、STICKYという人間の多面性が浮き彫りになっているのです。
「たまには」こういう穏やかな日もある。その貴重な瞬間を大切にしながら、また明日からの厳しい現実と向き合っていく。そんなストリートで生きる者のリアルな心情が、この楽曲には詰まっています。
STICKYが「終わりなき道」で示した強さと、「タマには」で見せた優しさ。この二つの楽曲があることで、彼の音楽はより深く、より人間的なものになっているのです。
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