はじめに
2021年6月15日、日本のヒップホップシーンのレジェンドSEEDAが、シングル「PaKe」をリリースした。この楽曲は、南アフリカ出身で東京在住のプロデューサーghostpopsとのコラボレーションによって生み出された、実験的でエッジの効いた作品だ。わずか2分12秒という短尺ながら、SEEDAのスキルとクリエイティビティが凝縮された注目の一曲となっている。
楽曲の基本情報とクレジット
「PaKe」は2021年の夏にリリースされたシングル楽曲で、制作陣には以下のクリエイターが名を連ねている。
作詞・作曲: SEEDA、I-DeA、KraftyKid
プロデューサー: ghostpops
レーベル: SEEDA / MANTLE as MANDRILL
再生時間: 2分12秒
リリース日: 2021年6月15日
盟友I-DeAとKraftyKidが作詞・作曲に参加し、プロデュースをghostpopsが担当するという布陣は、SEEDAのこれまでのキャリアにおける信頼関係と、新しい才能への開かれた姿勢の両方を示している。
プロデューサーghostpopsとは
ghostpopsは、南アフリカ出身で現在は東京に拠点を置くプロデューサー兼レコーディングエンジニアだ。大学でジャズを学び、ギター、ベース(アップライトベースを含む)、ピアノ、ドラムなど多様な楽器を演奏できるマルチプレイヤーである。
過去10年以上にわたってプロデューサーおよびレコーディングエンジニアとして活動し、2018年には東京都高円寺に「Tokyo Dope City Studios」をオープン。SEEDA、ralph、Jinmenusagiといった実力派アーティストたちと数多くの作品を手がけてきた。
ghostpopsの特徴は、アーティストが自分自身を表現し、求める正確なサウンドを創り出せるよう、ハンズオンで寄り添うプロデュース・スタイルにある。彼のスタジオで一度レコーディングしたアーティストは、必ず戻ってくるという実績が、その仕事ぶりを物語っている。
SEEDAとghostpopsの出会い
SEEDAとghostpopsのコラボレーションは、「PaKe」以前にも存在している。2020年12月2日にリリースされた「Nakamura」が、二人の最初の本格的なコラボレーション作品だった。
「Nakamura」はドリル的なアプローチの楽曲で、SEEDAらしく日本語と英語を柔軟に織り交ぜたフロウが印象的な作品となった。ミックスとマスタリングはBACH LOGICが担当し、リリックにはDOT.KAI.も参加。この楽曲の成功が、「PaKe」へと繋がっていったと考えられる。
その後、2021年3月には「Nakamura (Remix)」がralphとKraftykidをフィーチャリングしてリリースされ、SEEDAとghostpopsのケミストリーはさらに深まっていった。
「Pa-Ke」のサウンドと特徴
「PaKe」は、2分12秒という短い尺の中に、SEEDAとghostpopsの実験精神が詰め込まれた楽曲だ。ghostpopsが手がけるビートは、従来のヒップホップの枠に収まらない独創的なアプローチが特徴となっている。
楽曲のタイトル「PaKe」は、歌詞の中にも登場する言葉で、「Pake Pake blowing that high」というフレーズが印象的に使われている。この言葉遊び的な要素は、SEEDAの初期から見られる英語と日本語を自在に行き来する表現スタイルを現代的にアップデートしたものと言える。
SEEDAのラップは、バイリンガルスタイルを駆使しながら、ストリートの現実とライフスタイルを描き出していく。「Feed a cold starve a fever」で始まる英語のフレーズから、「この情報のゲトリかた / ポリスの息子から(インサイド)」といった日本語の巧みなリリックへと展開。言語の切り替えが自然で、それぞれの言語が持つリズムとニュアンスを最大限に活かしている。
リリックの世界観
「PaKe」の歌詞には、SEEDAが一貫して描いてきたストリートの現実と、その中での生き方が表現されている。
「south side boya」というフレーズは、SEEDAが所属していた川崎を拠点とするヒップホップクルー「SCARS」との繋がりを連想させる。川崎のサウスサイドは、SEEDAにとって重要な場所であり、彼のアイデンティティの一部だ。
また、「Let me give you some advice」から始まるフックでは、人生経験から得た教訓を語りかけるような姿勢が見られる。「ぶっ飛んでも良い / が飛ぶのは油断の合図」「ケツ追っても良い / but bitch 油断の合図」といった、快楽と危険のバランスについての警告は、ストリートで生き抜いてきたSEEDAならではのメッセージだ。
I-DeAとKraftyKidの参加意義
この楽曲の作詞・作曲には、SEEDAの長年の盟友であるI-DeAと、若手のKraftyKidが参加している。
I-DeAは、SEEDAのデビュー作である1999年の『デトネイター』(SHIDA名義)のプロデュースを手がけて以来、20年以上にわたってSEEDAと共に歩んできたプロデューサーだ。2005年の1stフルアルバム『GREEN』でも半分以上の楽曲を担当し、SEEDAのサウンドを形作る上で欠かせない存在となっている。
一方、KraftyKidは新世代のクリエイターで、彼の参加はSEEDAが常に若い才能とのコラボレーションを大切にしていることを示している。世代を超えた創造性の融合が、「PaKe」という作品に新鮮さをもたらしている。
チャート実績とシーンでの評価
「PaKe」は、リリース直後から日本のヒップホップシーンで注目を集めた。
主なチャート実績:
- iTunes Store ヒップホップ/ラップ トップソング(日本): 103位(2021年6月16日)
- Apple Music「ヒップホップ ジャパン」プレイリストに選出(2021年6月25日)
- Apple Music「BLACK FILE」プレイリストに選出(2021年6月18日)
- Spotify「FNMNL」プレイリストに選出(2021年6月24日)
- Apple Music「78 musi-curate TuneCore Japan zone」プレイリストに選出(2021年6月29日)
- Spotify「New Music Everyday – tuneTracks」プレイリストに選出(2021年6月19日)
これらのプレイリストへの選出は、業界関係者やキュレーターからの評価の高さを物語っている。
2021年のSEEDA – 創作意欲の高まり
「PaKe」がリリースされた2021年は、SEEDAにとって創作意欲が高まった年だった。同年には他にも以下の楽曲をリリースしている。
2021年のリリース:
- 「Nakamura (Remix)」(3月)- ghostpops、ralph、Kraftykid参加
- 「PaKe」(6月)
- 「Kawasaki Blue」- 川崎への思いを込めた楽曲
- 「FANTASMA」(12月)- Jeter、Yohtrixpointneverとのコラボレーション
この活発なリリースペースは、SEEDAが40代に入っても衰えることのない創造性と、ヒップホップへの情熱を持ち続けていることを示している。
SEEDAのバイリンガルスタイルの進化
「PaKe」は、SEEDAの代名詞であるバイリンガルスタイルが、いかに時代とともに進化しているかを示す好例だ。
デビュー当初の1999年から2000年代前半にかけて、SEEDAは荒々しく早口の英語を駆使したアグレッシブなバイリンガルラップで知られていた。当時の楽曲は、ビートからのズレも厭わず、高速フロウを叩き付けるようなスタイルが特徴だった。
しかし2006年の『花と雨』以降、徐々に日本語のリリックが増え、よりメロディアスで内省的なスタイルへと変化。2010年代以降は、英語と日本語の切り替えがより自然で洗練されたものになっていった。
「PaKe」では、この洗練されたバイリンガルスタイルが遺憾なく発揮されている。英語のフレーズと日本語のリリックが有機的に結びつき、それぞれの言語の持つリズムとニュアンスを最大限に活かしている。これは、長年のキャリアを通じて培われた技術と経験の賜物だ。
ストリートとの繋がり
SEEDAの音楽を語る上で欠かせないのが、ストリートとの深い繋がりだ。「PaKe」にも、その要素が色濃く反映されている。
川崎を拠点とするヒップホップクルー「SCARS」での活動、DJ ISSOとのMIX CDシリーズ『CONCRETE GREEN』を通じた若手育成、そして2017年から主宰するYouTube番組「ニートtokyo」でのシーン全体への貢献。SEEDAは単なるラッパーではなく、日本のヒップホップカルチャーそのものを支える重要な存在となっている。
「PaKe」という楽曲も、こうしたストリートとの繋がりの中から生まれた作品だ。南アフリカ出身のghostpopsとの国際的なコラボレーションは、ヒップホップという文化が持つグローバルな性質を体現している。
短尺楽曲の美学
「PaKe」の再生時間は2分12秒。近年のヒップホップシーンでは、ストリーミング時代に適応した短尺楽曲が増えているが、この曲もその流れに沿ったものだ。
しかし「PaKe」の短さは、単なるトレンドへの追従ではない。むしろ、無駄を削ぎ落とし、本質だけを残すという美学の表れと言える。2分12秒という時間の中に、SEEDAのスキル、ghostpopsのプロダクション、そしてストリートの現実が凝縮されている。
この「短くても濃密」というアプローチは、聴き手の集中力が続く範囲で最大のインパクトを与えるという、現代的な作曲手法だ。リピート再生を誘発する構造になっており、ストリーミング時代の音楽消費形態を意識した作りとなっている。
SEEDAの現在地
「PaKe」がリリースされた2021年時点で、SEEDAは40歳。ヒップホップアーティストとしては中堅からベテランの域に入る年齢だ。
しかし彼は、過去の栄光に浸ることなく、常に新しい表現に挑戦し続けている。南アフリカ出身の若手プロデューサーghostpopsとのコラボレーションは、その象徴的な例だ。年齢や経験に関係なく、才能ある者とは積極的に組む姿勢は、SEEDAのアーティストとしての誠実さを表している。
また、2020年には自叙伝映画「花と雨」が公開され、人気番組「ラップスタア誕生」では審査員を務めるなど、ラッパーとしての活動以外でも日本のヒップホップシーンに大きな影響を与え続けている。
「PaKe」は、そんなSEEDAの「今」を切り取った作品だ。過去の自分を否定するのでもなく、過去に縛られるのでもなく、過去を大切にしながら現在を生きる。その姿勢が、この2分12秒の中に凝縮されている。
まとめ:実験精神とクラフトマンシップの融合
「PaKe」は、SEEDAとghostpopsという異なるバックグラウンドを持つアーティストが出会い、化学反応を起こした結果生まれた楽曲だ。
南アフリカ出身のプロデューサーと、日本を代表するラッパーのコラボレーション。ジャズを学んだマルチプレイヤーと、ストリートで鍛えられたMCの邂逅。新しい才能への開かれた姿勢と、20年以上にわたって培われた経験とスキル。
これらすべてが2分12秒という短い時間の中で結晶化し、「PaKe」という作品になった。派手なプロモーションや大々的なタイアップがなくても、確かな実力とクリエイティビティがあれば良い音楽は生まれる。この楽曲は、そのことを改めて証明している。
SEEDAが40代に入っても衰えることのない創造性を持ち続け、若い才能とのコラボレーションを通じて新しい表現を生み出していく姿は、年齢を重ねたすべてのアーティストにとってのロールモデルだ。
「PaKe」は、日本のヒップホップシーンの現在と未来を象徴する、重要な一曲なのである。
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