はじめに
Watson(ワトソン)の「I know」は、2021年11月24日にリリースされたEP「thin gold chain」に収録された楽曲で、Watsonの内面世界を赤裸々に描いた代表作のひとつです。この楽曲は、自分自身の現実と向き合いながら変わろうとする青年の心境を、リアルかつ詩的な言葉で表現した名曲として、多くのリスナーに衝撃を与えました。
アーティスト紹介:Watson
2000年2月22日、徳島県小松島市生まれのWatsonは、日本語ラップシーンに突如現れた新星です。「ここ数年のうちで日本語ラップが生んだ最大の才能」と評価され、「KOHH以来の衝撃」とも称される存在として注目を集めています。
アーティスト名の由来
16歳のとき、仕事場で「勇斗」という名前が2人いて被っていたため、一発ギャグ「大怪獣ワトソン」を思いつき、そこからラッパーネームも「Watson」になったというユニークなエピソードがあります。
音楽的特徴
トラップ、ドリルのビートに対して、3連フロウやメロディアスなアプローチではなく、グライムやドリルの流れをくむ倍速ラップをたたみ掛けるスタイルが特徴で、「もつれたフロウから吐き出されるリリックの強度は近年登場した若手でも群を抜く」と高く評価されています。
「I know」楽曲の歌詞の一部引用解説
Intro
暗い部屋光るtvの灯 細いgold chainただの飾り 頼ってるバカがキレたママに こんな事僕は望みじゃない
- 「暗い部屋」=孤独、閉塞感。
- **「gold chain」**はヒップホップ的アイコンだが「ただの飾り」と言うことで、虚勢を張っている自覚。
- 「頼ってるバカがキレたママに」=家族(特に母親)との不和や問題。
- 「こんなこと望んでない」=環境や現実に押し潰されている感覚。
Chorus
変わろうと思ってノートに歌詞を書いた たくさん巻いてきたよ安い大麻 友達が忘れていっただけの 気にせずに使ってるマイスのライター 誰かが僕みてると言い聞かせ 体起こしてる悪い見た目 わがままで自己中でさらにいい加減 そんでもやめなかった初めて3日目
- 「変わろうと思ってノートに歌詞を書いた」=音楽を通して自分を変えたい意志。
- でも「安い大麻」や「友達が忘れてったライター」を使っている=まだ抜け出せない悪習。
- 「悪い見た目」=刺青・服装・振る舞いで世間に誤解される自分。
- 「わがまま・自己中・いい加減」と自分の欠点を認めつつも「やめなかった」=3日坊主的な続かない努力、それでも何かを掴みたい気持ち。
Verse 1
偉そうに物ゆう僕は偉くもねーから きづつけちゃうまわりの人 お金持ちいー服きてる有名人 中学の頃見た二十歳の理想
- 自分の小ささを自覚しているが、同時に人を傷つけてしまう未熟さも吐露。
- 有名人や金持ちを見て抱いた理想と現実のギャップ。
安すめの自販機の不味目なジュース 中古で汚いけど集めた靴 汚れてるTシャツでも大丈夫 シンデレラだって着てた破れた服
- 貧しさや安物を持ちながらも、それを受け入れている。
- 「シンデレラの破れた服」=見かけよりも中身や物語が大事という比喩。
阿波踊り踊らんからただのアホウ イケてるけど僕使ってない魔法 ビビデバビデブー 僕の腕のバラは枯れはしないタトゥー
- 地元文化(阿波踊り)に馴染めない自分。
- 「魔法」は持っていない=普通の人間。
- でも「タトゥー」は消えない=自分の生き様の証。
Verse 2
Bitchの陰口また増える泣く子 Disney映画にも絶対いる悪党 一時停止できないLifeでも楽勝 Happy endかどーか分からないラスト
- 周囲から陰口を叩かれる=「悪党」扱いされる。
- しかし「ディズニー映画にも必ず悪役はいる」と逆に受け止める。
- 人生は止められないけど、どんなラストになるかは不透明。
好き勝手やる悪い見た目とタチ 俺の地元なら多いよ痛めのダチ いれずみいれてあいにくくなったばーちゃんの うまいご飯ときたねおはし
- 地元の仲間も似たような「悪い見た目」。
- 祖母に刺青を嫌がられる=家族との距離感。
- それでも「ご飯と汚い箸」=愛情は残っている。
怠け者仕事いけない遅れずに アラジンも呼ばれたクズ、ドブネズミ 普通の男がなりたい特別に でもうまくは喋れないもつれづに
- 仕事に行けない怠け者=自堕落さ。
- 「アラジン=貧民出身の主人公」や「ドブネズミ」=自分を重ねる。
- 普通の人が特別になりたいように、自分も輝きたい。
- でも「もつれづに(うまく喋れない)」=表現が不器用で伝わらない。
全体解説
この歌詞は、**「だらしない自分」「悪い見た目の自分」「家族に心配される自分」**を正直に吐き出しながら、
- 「音楽で変わりたい」
- 「貧しさや欠点を抱えながらも進みたい」
- 「悪党扱いされても、自分の物語を描きたい」
という等身大の若者の葛藤と希望を描いています。
楽曲の文学的側面
小説からの影響
「小説とかから、その情景の描写の仕方とかを学んでる」とWatson自身が語るように、この楽曲には文学的な情景描写の技法が随所に見られます。愛読書は「キネマの神様」で、初めて読んだ時は感動して涙したというエピソードも、彼の表現力の源泉を物語っています。
リリックの強度
「とにかくそのリリックは尺稼ぎとは無縁」と評されるように、「I know」の歌詞は無駄な言葉が一切なく、すべてが意味を持った濃密な内容となっています。
Watson系ラッパーの誕生
2023年の日本語ラップシーンにおいては、Watsonのフローに影響を受けた「Watson系」のラッパーが多く現れるに至ったほど、Watsonの影響力は絶大です。「I know」はそうした影響力の原点ともいえる楽曲です。
制作背景とストーリー
驚異的な制作量
1日で2曲以上のペースという、驚異的なスピードで楽曲を制作し、今では600曲を超えるストック作品があるというWatsonの創作姿勢が、この楽曲の背景にあります。
日常への向き合い方
「無理にカッコ付けたこと歌っとっても言うことなくなってくる。自然と身の回りのこと歌うしかなくなる。」という制作哲学のもと生まれた楽曲で、「自分に忠実でいる」ことにこだわった結果として誕生しました。
楽曲の意義と影響
「I know」は、日本語ラップにおける新しい表現方法を示した記念碑的な楽曲です。従来のヒップホップが持つ「強さ」や「カッコよさ」を追求するスタイルとは一線を画し、等身大の弱さや葛藤を赤裸々に表現することで、新たなリアリズムを確立しました。
まとめ
Watson「I know」は、現代の若者が抱える内面的な葛藤を、詩的でありながらリアルな言葉で表現した傑作です。変わりたいという意志と現実の狭間で揺れ動く心境を、独特のワードセンスと文学的な情景描写で見事に昇華させています。
「きわめて最先端感がありながら、同時にきわめて「日本語ラップ」的である」と評されるWatsonの真骨頂が発揮されたこの楽曲は、日本語ラップシーンの新たな可能性を示した重要な作品として、今後も語り継がれていくことでしょう。
徳島から現れたこの才能豊かなラッパーが描く内省的な世界観は、多くのリスナーの心に深く響き、日本語ラップの新しい地平を切り拓いています。
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