日本のヒップホップシーンにおいて、2021年8月4日にリリースされたLEXの楽曲「なんでも言っちゃって (feat. JP THE WAVY)」は、単なるコラボレーション楽曲以上の意味を持つ重要作品として位置づけられている。この楽曲は、新世代のラッパー同士が織りなす化学反応と、現代の若者が抱える心境を等身大で表現した傑作として多くの注目を集めている。
アーティストの背景とコラボレーションの意味
2002年5月1日生まれのLEXは、神奈川県湘南地域出身の若きラッパーである。物心ついたときから音楽に興味を持ち、3歳のときからヒップホップ・ダンスを習いはじめたという音楽的な環境で育った彼は、4歳のときに初めてラップを披露したという早熟な才能を見せていた。
LEXの楽曲制作における大きな転換点は、日本語での作詞を心がけて作った「あなたの幸せが1番」のレコーディング中に、感情が乗りすぎて涙が止まらなくなってしまった経験であり、この体験を機に日本語で歌詞を書く方がより感情をさらけ出しやすいという思いから、日本語を好んで用いるようになった。これが後の「なんでも言っちゃって」の楽曲制作にも大きく影響している。
一方、1993年12月15日生まれのJP THE WAVYは、神奈川県湘南出身でLEXと同じ地元を共有するラッパーである。2017年5月にMVを公開した「Cho Wavy De Gomenne」が記録的なバイラルヒットとなり一気に知名度を上げた彼は、LEXを可愛いやつですごい才能があると、賛辞を送っているなど、同じ湘南を拠点とする後輩ラッパーへのリスペクトも示している。
歌詞の一部引用解説
冒頭のフック
「なんでも言っちゃって
俺の名前も使っちゃっていい
金とか買っちゃって
airbnb ヴィラであけるシャンペン」
LEXが提示するのは“無制限の愛とサポート”。
「名前を使っちゃっていい」というフレーズは、単にリソースを貸すだけでなく、自分の ブランドや信用 さえも預けるほどの信頼を意味しています。
さらに「airbnb ヴィラでシャンペンを開ける」という場面描写は、若者的かつグローバルなライフスタイルの象徴。ホテルではなく「ヴィラ」を選ぶのも、プライベートで自由な贅沢を楽しむスタイルを強調しています。
恋愛とリッチライフの融合
「She want Chanel 店で見るShowcase
君Happyにさせる俺まるでPharrell
欲しい物全部俺に言ってよFor real」
ここでは、LEXが「パートナーを幸せにするためにどんな物も手に入れる」という姿勢を表現。
“まるでPharrell”とあるのは、常に楽しげでクリエイティブな存在=ファレル・ウィリアムスになぞらえている。
単なる浪費ではなく「君を笑顔にすること」がゴールになっているのがポイントです。
JP THE WAVYパートのエッジ
「箱根にも旅をして
熱いお湯にも浸かる
誰が1番 最下位が競い合うゲーム」
WAVYのバースはLEXの夢物語的なラグジュアリーとは少し違って、より“リアルな遊び”を描写しています。
温泉旅行=非日常のリラックス体験を共有しながらも、「誰が1番かを競うゲーム」という表現で、遊びの中にストリート的な勝負勘やマウントの取り合いを混ぜています。
「gold chain 1,2本 気づかず無くしてる
あいつのエゴは四角く尖ってる」
ブランドや金の象徴であるチェーンを「気づかず無くす」という描写は、金銭的余裕の裏返しでもあり、物よりスタイルを重んじる姿勢ともとれる。
さらに「エゴが四角く尖ってる」という言い回しは、相手の頑なさや不器用さをユーモラスに批判しています。
愛と余裕のメッセージ
最後の繰り返し部分では再びLEXのフックに戻ります。
「なんでも言っちゃって
俺の名前も使っちゃっていい」
このリフレインは曲全体を通じてのキーメッセージ。
単なる金や物の贅沢の歌ではなく、**「自分の持つものすべてを君に分け与える」**という姿勢を強調することで、LEX特有のオープンでエネルギッシュな愛の表現になっています。
シーンにおける位置づけと評価
この楽曲について、音楽批評の観点から重要な分析がなされている。日本のHIPHOPで歌われるトピックとして、成功したい成功した、その2つが主であったが、最近は、シーン全体として、ラップで成功したその先をよく耳にするという指摘は、この楽曲の時代性を的確に捉えている。
LEXが成功という物を重く捉えずに、なんでも(好きに)言っちゃって〜と語っているように感じたという評価が示すように、この楽曲は従来のヒップホップ楽曲が持つ成功への執着や誇示といった要素を超越し、より自然で等身大の表現を実現している。
JP THE WAVYの楽曲参加についても、フィーチャーされた際、どのラッパー相手にも、一番気持ちよく聞こえるトーン、テンションをチョイスし、自然と体が動くような曲を作り上げてしまうという評価が示すように、彼の持つ楽曲全体のグルーヴを向上させる能力が存分に発揮されている。
制作背景とアーティスト間の関係性
2021年リリースの”なんでも言っちゃって”と同じメンバーで贈る続編的1曲として2024年に「もう一度キスをして (feat. JP THE WAVY)」がリリースされたことからも分かるように、この楽曲は一過性のコラボレーションではなく、両アーティストにとって重要な意味を持つ楽曲として継続的な関係性を築いている。
プロデューサーのKMとの組み合わせも絶妙で、作詞:LEX・JP THE WAVY,作曲:KMというクレジットが示すように、ラッパー2人の創作性とプロデューサーの音楽的センスが見事に融合した作品となっている。
次世代ヒップホップへの影響と意義
LEXとJP THE WAVYという、年代もキャリアも異なる2人のコラボレーションは、日本のヒップホップシーンにおける世代を超えた交流の重要性を示している。LEXがWAVYに曲を一緒にやらせて欲しいというメッセージを送ったことがきっかけとなって、仲良くなった二人は一緒に楽曲を制作したというエピソードからは、既存のヒエラルキーや業界の慣習にとらわれない新しいクリエイティブな関係性が生まれていることが分かる。
この楽曲が持つ最も重要な価値は、成功の定義を再定義している点にある。物質的な豊かさを否定するのではなく、それを人との関係性を豊かにするためのツールとして捉え直している視点は、従来のヒップホップが持つ価値観をアップデートする試みとして評価できる。
音楽的技法とプロダクションの妙
楽曲のサウンドプロダクションにおいても、両アーティストの特徴が効果的に活かされている。LEXの持つメロディック な要素とJP THE WAVYのトラップ的なフロウが絶妙にバランスされており、天性のメロウボイスと、攻撃的な楽曲とのギャップ、感情むき出しのリリックというLEXの特徴と、新ジャンルな音楽性とハイセンスなファッションで知られるJP THE WAVYの個性が相互に補完し合っている。
現代的な恋愛観と人間関係の描写
歌詞の中で描かれる恋愛観も現代的で洗練されている。「このパワー 全部あげるから 横にslide slide」といった表現には、一方的な感情の押し付けではなく、相手との対等な関係性を築こうとする意志が見て取れる。
また、「箱根にも旅をして 熱いお湯にも浸かる」のような具体的で身近なシチュエーションの描写は、高級品や海外旅行といったステレオタイプ的な成功の象徴を超えて、日本の文化に根ざした幸福感を表現している点で興味深い。
まとめ:新時代のヒップホップアンセムとしての価値
LEX「なんでも言っちゃって (feat. JP THE WAVY)」は、単なる楽曲としての完成度の高さを超えて、現代日本のヒップホップシーンが到達した新しい境地を示す重要な作品である。成功の先にある等身大の幸福を描き、世代を超えたアーティスト間の真摯な創作姿勢を体現し、従来のヒップホップの価値観をアップデートする試みとして、この楽曲は長く記憶される意義を持っている。
両アーティストの今後の活動と、この楽曲が日本のヒップホップシーンに与える影響に引き続き注目していきたい。音楽的な完成度、メッセージ性、そして時代性のすべてを兼ね備えたこの楽曲は、間違いなく2021年の日本のヒップホップを代表する1曲として位置づけられるだろう。
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