YZERR「’95flow」── 川崎が生んだ魂の告白、TRILL DYNASTYが紡いだ因果の一曲

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日本のヒップホップシーンを語るうえで、YZERRという名前を外すことは絶対にできない。BAD HOPのフロントマンとして、2018年の武道館公演、2020年の横浜アリーナ、そして2024年2月には東京ドームでの解散ライブを成し遂げた男が、ソロアーティストとして世に放った「’95flow」は、彼のすべてが凝縮されたと言っても過言ではない一曲だ。プロデュースを手がけたのはTRILL DYNASTY。この二者の邂逅が生み出した楽曲の深さを、今回は丁寧にひも解いていきたい。

まずYZERRというアーティストの原点から振り返る必要がある。1995年生まれ、神奈川出身。2014年、中学時代に地元の同級生と結成したヒップホップクルーBAD HOPのフロントマンとして知られるYZERR。日本有数のGHETTOとも称される地元、川崎南部の工業地帯で経た特異な経験やHIPHOPでの成り上がりを体現したストレートなリリック、USトレンドとの時差を感じさせない最先端の音楽スタイルを武器に、自身の活動以外にもBAD HOPの”頭脳”として全体のクオリティコントロールから総合的なプロデュースまで行い、日本の音楽シーンにビッグヒットを生み出し続けてきた。

その生い立ちは、想像を絶するものだ。1995年11月3日、川崎南部池上町に双子の弟として生誕。双子の兄T-Pablow、2つ上の兄MASAともう一人上に姉がいて4人兄弟の末っ子だった。父はホームレスで車検切れの車で生活していてギャンブル中毒、母は朝から晩まで働き疲れ切って一家心中を図ろうとしたこともあり、悪い家庭環境の中で幼少期は祖母に育てられた。「ばあちゃんがいなけりゃ今の俺らはいない」という歌詞の一節は、まさにこのリアルな過去から生まれた言葉だ。祖母の存在が文字通り、YZERRの命を繋いだ。

YZERR曰く、当時は良い事と悪い事の区別がついておらず、関東医療少年院に入所した時に自分の置かれている環境の異常さに気づいた。また、少年院に入所中にHIPHOPと出会い、ラップを始めるきっかけとなったのはZEEBRAの曲だったという。「檻の中で書いてたリリックあれは14」という歌詞は、まさにその少年院での体験を直接描写している。14歳という年齢で鉄格子の向こうに座り、自分の痛みを言葉に変えていた少年が、やがて東京ドームのステージに立つ──その事実が「’95flow」には刻まれている。

タイトルの「’95flow」は、YZERRの生まれた1995年を指すと同時に、95年生まれという時代背景と地元・川崎南部のストリートカルチャーを背負ったフロウという意味も込められている。この曲は単なるボーストラップではなく、一つの「時代の証言」として機能している。歌詞には密売が行われているTrap House、闇金に追われる夜、車の中での寝泊まりといった、川崎のリアルな風景が詰め込まれている。これはフィクションでも誇張でもなく、YZERRが実際に目にし、経験した光景だ。

そしてこの楽曲において特に重要なのが、コーラスに繰り返される「辛い日々も いつか変えれる / 辛い日々も 今じゃ笑える / 辛い日々も その為にある」というフレーズだ。単純なポジティブメッセージに聞こえるかもしれないが、その言葉の重みはYZERRの過去を知ってこそ理解できる。自殺した仲間、消えない過去の傷、成功しても癒えない痛み──それらすべてを経た上で言えるから、あの言葉には説得力があるのだ。「地元の奴 何人したSuicide / いまだに過去の痛み蘇る / 成功しても傷は癒やされない」という歌詞は、成功者の口から出るには重すぎるほどのリアルを内包している。

このトラックをプロデュースしたTRILL DYNASTYも、並の人物ではない。茨城出身の音楽プロデューサーであるTRILL DYNASTYは、DJとしてキャリアをスタートし音楽プロデューサー・作曲家に転身。Lil DurkがリリースしたアルバムThe Voiceのタイトル楽曲制作に携わり、世界的権威ある全米BillboardのTop R&B/HIPHOP部門でHIPHOPプロデューサーとして日本人初の首位を獲得。Billboard 200部門においては2位を獲得し偉業を成し遂げた。日本国内ではAwich、YZERR、¥ellow Bucksなど数々の楽曲を手掛けている。つまり世界レベルで認められた日本人プロデューサーが、日本のストリートを体現するラッパーとタッグを組んだこの楽曲は、国内外から見ても極めて質の高い一作と言える。

「カルマが押し寄せる 過去の皺寄せ / 何度も言って聞かせる 辛いのは今だけ / 繰り返し また振り出しに やる毎日 / いつか見返し 数えきれないほどの金が手土産」という歌詞には、何度失敗しても立ち上がり続けてきた男の執念が滲む。川崎の連鎖を断ち切り、次の世代に同じ思いをさせたくないという強い意志が、この楽曲全体を貫くテーマだ。「こんな気持ちにさせてくれ感謝してる」という逆説的な感謝の言葉は、苦しい過去があったからこそ今の自分がいるという、YZERRならではの哲学を体現している。

2024年2月19日に東京ドームにてBAD HOPの解散ライブが行われ、その後YZERRはソロ初のフルアルバム『Dark Hero』をリリース。LEX、Awich、LANA、JP THE WAVY、¥ellow Bucks、eydenなどが参加したこの作品は、シカゴドリルの影響を受けたダークなムードが人気を集めた。BAD HOPという巨大なクルーを解散させ、一人の表現者として新たな地平を歩み始めたYZERRにとって、「’95flow」は過去と現在を繋ぐ重要な一曲だ。

少年院でリリックを書いていた14歳の少年が、東京ドームのステージに立ち、さらにソロアーティストとしても進化を続ける──「’95flow」はその軌跡を凝縮した、まさに「1995年生まれの流儀」だ。聴いたことのない人にはぜひ、歌詞と向き合いながら一度耳を傾けてみてほしい。この曲の本当の重さは、YZERRの人生を知ってから聴いたときにはじめて、全身で感じられるはずだ。

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