舐達麻「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」

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はじめに – この記事について

本記事は、2023年12月1日にリリースされた舐達麻「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」について、日本のヒップホップ文化における歴史的・文化的文脈を重視して解説するものです。

この楽曲はBAD HOPに対する明確なディスソングであり、過激な表現が含まれています。本記事は特定のアーティストを擁護・批判するものではなく、ヒップホップにおける「ビーフ(喧嘩)」という文化的現象を理解するための資料として執筆しています。

舐達麻(なめだるま)とは

グループプロフィール

拠点: 埼玉県熊谷市
メンバー: BADSAIKUSH(賽)、G-PLANTS(ジープランツ)、DELTA9KID(デルタナインキッド)
結成: 2009年(前身グループ「49」から派生)

舐達麻は、2018年末頃から注目を集め始め、2019年8月31日にリリースした2ndアルバム『GODBREATH BUDDHACESS』でiTunes HIP HOPカテゴリのアルバムランキング1位を獲得。ポピュラー音楽研究者の大和田俊之氏から「舐達麻の曲に潜むポエジー(詩情)は、日本のラップミュージックの表現を確実に更新した」と評価されています。

グループ名の由来は、命名の必要に迫られた際に読んでいた『実話ナックルズ』のライター「舐めダルマ親方」の名前を目にしたことによります。

特徴的な音楽性

舐達麻の音楽は、90年代のオーセンティックなヒップホップを彷彿とさせながらも、現代的なセンスを融合させた独自のスタイルを確立しています。「たかだか大麻 ガタガタぬかすな」(LifeStash)というパンチラインは2019年のパンチライン・オブ・ザ・イヤーに選ばれるなど、強烈なリリックでも知られています。

ビーフの背景 – AH1乱闘事件

事件の経緯

2023年10月22日、愛知県で開催されたヒップホップフェス「AH1」で、BAD HOPのYZERRと舐達麻のBADSAIKUSHが接触し、乱闘騒ぎが発生しました。この事件により、ヘッドライナーとして出演予定だったBAD HOPのライブは直前でキャンセルとなりました。

発端 – THE HOPE 2023

乱闘の真の発端は、2023年9月23日に開催された「THE HOPE 2023」のアフターパーティーまで遡ります。ここでYZERRとRYKEYDADDYDIRTY、ジャパニーズマゲニーズの孫GONGとの間で争いが発生しました。

BADSAIKUSHとの因縁

YZERRは、BADSAIKUSHが2019年にRYKEYDADDYDIRTYのYZERRへのディス曲「You Can Get Again」に客演として参加しており、裏でRYKEYをけしかけていたと考えていました。

AH1当日、会場で舐達麻のインタビューを受けるBADSAIKUSHを目にしたYZERRは、積もりに積もった怒りを爆発させ、BADSAIKUSHに掴みかかりました。

事件後

この乱闘事件は、SNSで瞬く間に拡散され、日本のヒップホップシーンに大きな衝撃を与えました。YZERRはInstagramライブで事件の経緯を説明し、観客や主催者に謝罪しました。

「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」リリースの意味

タイトルの解釈

「FEEL OR BEEF」 – 「感じるか、抗争するか」という選択を提示
「BADPOP IS DEAD」 – BAD HOPのグループ名をもじって「バッドポップは死んだ」と宣言

タイトル自体が、BAD HOPに対する明確な挑戦状であり、ヒップホップにおける「ビーフ」を公式に宣言するものとなっています。

リリースのタイミング

乱闘事件から約1ヶ月後の2023年12月1日にリリースされた本楽曲は、事件に対する舐達麻側からの「アンサー」であり、同時に全面的な「ディス」でもあります。

配信シングルとしては、2023年1月の「ALL DAY」以来11ヶ月ぶりとなりました。

歌詞の構造と特徴

ディスソングとしての徹底性

この楽曲の最大の特徴は、冒頭から最後まで一貫してBAD HOPをディスし続ける「徹頭徹尾のディスソング」であるという点です。

通常のディスソングは、曲の一部でディスるフレーズを入れるパターンや、一人が強烈にディスして他のメンバーはそうでもないというパターンが多いですが、この楽曲では舐達麻の3人全員がBAD HOPをディスしています

主なディスの内容

楽曲中には以下のような辛辣なディスが含まれています:

  • 「お前の曲はパクリだ」 – BAD HOPの音楽性に対する批判
  • 「なにがパブロ?俺がピカソならお前はただの絵描き野郎」 – T-Pablowの名前をもじった攻撃
  • 「お前がVERBALで俺がSEEDA」 – 伝説的なビーフ「TERIYAKI BEEF」の引用

TERIYAKI BEEFへの言及

「お前がVERBALで俺がSEEDA」という歌詞は、2009年に発生した日本語ラップ史上最も有名なビーフの一つ「TERIYAKI BEEF」を引用しています。

このビーフでは、VERBALが所属するTERIYAKI BOYSの楽曲がSEEDAの「花と雨」を引用し、VERBALのバースでSEEDAをディスしたとされる内容が含まれていました。SEEDAとOKIは「TERIYAKI BEEF」というアンサー曲を発表し、激しい応酬となりました。

舐達麻がこのビーフを引用することで、自分たちを「本物」のSEEDA側に、BAD HOPを「ダサい」とされたVERBAL側に例えているのです。

: この引用は、実際のVERBAL本人とは何の関係もなく、VERBALにとっては迷惑な話です。あくまで「ダサい象徴」として使われているだけです。

楽曲のクオリティ

ディスソングとしての完成度

この楽曲の評価すべき点は、辛辣なディス曲でありながら、舐達麻の楽曲としてのクオリティも両立させていることです。

ディスソングは往々にして、ディスに注力するあまり音楽的クオリティが犠牲になることがありますが、「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」は、ディスを知らない人が聴いても普通に舐達麻の新曲として楽しめるレベルに仕上がっています。

プロダクションの秀逸さ

GREEN ASSASSIN DOLLARと7SEEDSによるプロデュースは、matryoshkaの「Sacred Play Secret Place」をサンプリングし、ダークでヘヴィなビートを作り上げています。

7分という長尺でありながら、3人のラッパーそれぞれに十分な表現の場を与え、飽きさせない構成になっています。

リリース後の反響

YouTubeでの爆発的人気

2023年12月1日にYouTubeに公開されたミュージックビデオは、公開後すぐにYouTubeの急上昇ランキングで1位を記録しました。

さらに、InstagramのInstagramリールではトレンド入りを果たすなど、SNSで大きな話題となりました。

ヒップホップシーンへの衝撃

日本のヒップホップシーンにおいて、これほど大規模で公然としたビーフは久しぶりのことでした。特に、舐達麻とBAD HOPという、共にシーンを代表する人気グループ同士の抗争は、多くのファンに衝撃を与えました。

BAD HOP側の反応

YZERRのアンサー

2024年1月21日、BAD HOPのラジオ番組『#リバトーク TO THE DOME』内で、YZERRによる舐達麻へのアンサーソングの一部が公開されました。

翌週の1月28日には、舐達麻とジャパニーズマゲニーズへのアンサーソングとされる楽曲「guidance」のミュージックビデオが公開されました。

BAD HOPの解散

皮肉なことに、BAD HOPは2024年2月19日、東京ドームでの伝説的なライブ「BAD HOP THE FINAL at TOKYO DOME」をもって解散しました。

このビーフは、BAD HOPの最後の時期を彩る大きな出来事の一つとなりました。

ジャパニーズマゲニーズの介入

「I guess I’m beefin’」

2023年12月15日、日本のヒップホップグループ・ジャパニーズマゲニーズが、「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」と同じビートを使用した「I guess I’m beefin’」を発表しました。

これにより、ビーフはさらに複雑化し、舐達麻 vs BAD HOP vs ジャパニーズマゲニーズという三つ巴の様相を呈しました。

ヒップホップ文化における「ビーフ」の意味

アメリカのヒップホップ文化

ヒップホップにおける「ビーフ(喧嘩)」は、単なる喧嘩ではなく、音楽表現の一形態として長い歴史を持っています。

アメリカでは、2Pac vs Notorious B.I.G.、Nas vs Jay-Z、Eminem vs Machine Gun Kellyなど、数々の伝説的なビーフがヒップホップの歴史を彩ってきました。

日本におけるビーフの位置づけ

日本のヒップホップシーンでは、MCバトルは盛んですが、音源でのビーフは比較的少ないのが実情です。

「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」は、日本のヒップホップにおいて、久しぶりの大規模なビーフとして、シーンに新たな緊張感と活気をもたらしました。

表現としての意義とリスク

ビーフは、ラッパーとしてのスキルとプライドをかけた真剣勝負であり、表現としての価値があります。しかし同時に、実際の暴力に発展するリスクも孕んでいます。

AH1での乱闘事件は、音楽の領域を超えて物理的な衝突にまで発展してしまった例であり、表現としてのビーフと現実の暴力の境界線の難しさを示しています。

歌詞から見る舐達麻の主張

「本物」vs「偽物」

舐達麻が一貫して主張しているのは、自分たちが「本物」であり、BAD HOPは「偽物」であるということです。

「お前の曲はパクリだ」という歌詞は、BAD HOPの音楽性がUSのトレンドを真似ているだけだという批判を含んでいます。

ストリート・クレディビリティ

ヒップホップにおいて「ストリート・クレディビリティ(ストリートでの信用)」は非常に重要です。

舐達麻は、自分たちの生き方そのものがリリックになっていると主張し、実際に大麻での逮捕歴を持つなど、リアルなストリートライフを送ってきました。

一方、BAD HOPはより商業的に成功し、武道館ライブや東京ドームライブを実現させるなど、メインストリームへの進出を果たしています。

この「リアルなストリート」vs「商業的成功」という対立構造が、ビーフの根底にあると考えられます。

地域性の対立

舐達麻は埼玉県熊谷市、BAD HOPは神奈川県川崎市と、それぞれ異なる地域を拠点としています。

ヒップホップにおいて地域性は重要なアイデンティティであり、「俺たちの場所」を守るという意識も、ビーフの一因となっている可能性があります。

楽曲の文化的・歴史的意義

日本語ラップ史における位置づけ

「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」は、日本語ラップ史において重要な楽曲として記録されるでしょう。

2023年という時代に、これほど大規模で公然としたビーフが発生したこと自体が、日本のヒップホップシーンの成熟を示しているとも言えます。

シーンへの影響

このビーフは、日本のヒップホップシーンに大きな話題を提供し、多くの人々がヒップホップに注目するきっかけとなりました。

賛否両論はありますが、シーンの活性化という点では一定の効果があったと言えるでしょう。

若い世代への影響

舐達麻もBAD HOPも、若い世代から絶大な支持を受けているグループです。

このビーフが若い世代にどのような影響を与えるのか——音楽表現としてのビーフを理解するきっかけとなるのか、それとも単なる暴力の正当化と受け取られるのか——は、今後注視していく必要があります。

商業的側面

ビーフが話題性を生み、結果としてストリーミング再生数や知名度の向上につながるという側面もあります。

純粋な表現としてのビーフなのか、それとも商業的な戦略なのか——その境界線は曖昧です。

まとめ – ビーフの意義と課題

舐達麻「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」は、2023年の日本ヒップホップシーンを象徴する楽曲となりました。

ディスソングとしての徹底性音楽的クオリティの高さシーンへの大きな影響——これらの点において、この楽曲は日本語ラップ史に残る重要な作品です。

しかし同時に、実際の暴力への発展ファンへの影響若い世代へのメッセージという点では、多くの課題も残しました。

ヒップホップにおける「ビーフ」は、表現としての価値と、現実の暴力への危険性という、相反する二つの側面を持っています。

この楽曲を通じて、私たちは改めて「表現の自由とは何か」「アーティストの責任とは何か」という問いに向き合う必要があるのかもしれません。

舐達麻とBAD HOP——二つの偉大なグループが繰り広げたこのビーフは、日本のヒップホップが新たな段階に入ったことを示す出来事として、歴史に刻まれることでしょう。

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