はじめに
2023年2月にリリースされたT-Pablow feat. Fuji Taito & SEEDA「CRESCENT MOON」は、日本のヒップホップシーンを代表する三世代のラッパーが集結した重要な楽曲です。プロデュースはJiggが担当し、iTunes Store Hip-Hop/Rapトップソングで3位、Spotify Daily Viral Songsで35位にランクインするなど、大きな注目を集めました。
この記事では、楽曲の歌詞を中心に、三人のラッパーそれぞれが表現する「CRESCENT MOON(三日月)」の意味を深く掘り下げていきます。
楽曲基本情報
楽曲タイトル: CRESCENT MOON (feat. Fuji Taito & SEEDA)
アーティスト: T-Pablow feat. Fuji Taito & SEEDA
リリース日: 2023年2月25日
プロデュース: Jigg
長さ: 2分28秒
作詞: T-Pablow, Fuji Taito, SEEDA
タイトル「CRESCENT MOON」の意味
「CRESCENT MOON」とは「三日月」を意味する英語です。しかしこの楽曲では、単なる月の形を表すだけではなく、「欠けていて足りない」という状態を象徴しています。
満月ではなく、欠けた月。完璧ではなく、何かが足りない自分たち。そんな不完全さを受け入れながらも、前に進み続ける三人のラッパーの姿勢が、この「三日月」というメタファーに込められているのです。
歌詞解説:T-Pablowパート
冒頭の情景描写
「千切る錆びたChain 蹴破られたフェンス 飛び跳ねてる全員」
楽曲は、T-Pablowの力強いリリックで幕を開けます。「千切る錆びたChain」「蹴破られたフェンス」という言葉は、既存の枠組みや制約を破壊する姿勢を表現しています。
「飛び跳ねてる全員」というフレーズからは、エネルギーに満ちたストリートの若者たちの姿が浮かび上がります。
Jail tattooと汚れたFriends
「まるでJail tattooのようにひでぇ 墨だらけのFriends 汚れてるそれが俺の全部」
「Jail tattoo」は刑務所で入れる粗末な刺青のことを指し、T-Pablowの過去(少年院での経験)を暗示しています。「墨だらけのFriends」とは、同じように社会の裏側を生きてきた仲間たちのこと。
「汚れてるそれが俺の全部」というラインは、自分の過去や仲間たちの存在を否定せず、むしろそれこそが自分のアイデンティティであると宣言しています。
地獄行きのレーン
「声に宿るPain 真っ赤なRain 濡れた髪の毛 地獄行きのレーン」
「Pain」(痛み)と「Rain」(雨)を韻で繋ぎ、苦しみに満ちた状況を表現しています。「地獄行きのレーン」というメタファーは、決して楽ではない人生の道のりを示唆しています。
薄暗い車両とFuji TaitoとSEEDAも一緒
「薄暗い車両 Fuji TaitoとSEEDAも一緒」
ここで初めて、この楽曲が三人での旅であることが明示されます。「薄暗い車両」は、彼らが乗る電車や人生の比喩でもあります。世代もバックグラウンドも異なる三人が、同じ車両に乗り合わせている。
野良犬と亡霊と飛び降りたあいつ
「野良犬が立ちション 亡霊達が叩く窓 飛び降りたあいつ 悲鳴が響く一生」
ここでは、ストリートの荒廃した風景が描かれています。「野良犬」は社会から見放された存在の象徴。「亡霊達が叩く窓」は、死んでいった仲間たちの存在を示唆しています。
「飛び降りたあいつ」というラインは、実際に命を落とした友人の記憶かもしれません。T-Pablowは中学時代、友人がバイク事故で亡くなったことがラッパーを志すきっかけになったと語っています。
止まる気はねぇ鳴ってるサイレン異常ない
「止まる気はねぇ鳴ってるサイレン異常ない」
「サイレン」は警察の存在を示唆していますが、「異常ない」と断言することで、自分たちの生き方は間違っていないという強い意志を表現しています。
死んでるかのように本当俺は冷たい
「死んでるかのように本当俺は冷たい だから時計もChainも固まったICE」
感情を殺して生きている自分を「死んでるかのように冷たい」と表現しています。「時計もChainも固まったICE」は、ダイヤモンドで飾られた時計やネックレスのことですが、同時に凍り付いた心の比喩でもあります。
Nikeのロゴみたい – 楽曲の核心
「浮かんでる月はNikeのロゴみたい 俺と同じ欠けてて足りない 欠けてて足りない Nikeのロゴみたい 欠けてて足りない ほら足りない」
この楽曲の最も重要な部分です。三日月をNikeのロゴ(スウッシュマーク)に例え、「欠けてて足りない」という言葉を繰り返します。
満月のように完璧ではない自分。何かが欠けている、足りない自分。しかし、それを恥じるのではなく、むしろ受け入れている。この「欠けてて足りない」という繰り返しには、不完全さを肯定する強さがあります。
Nikeのスウッシュマークは、勝利の女神ニケの翼から着想を得たデザインです。欠けた形でありながら、成功と勝利の象徴。T-Pablowは、自分たちも同じように、欠けていながらも前に進み続ける存在だと歌っているのです。
歌詞解説:Fuji Taitoパート
hold up 足りない
「hold up 足りない 稼ぐ金めっちゃSo High ラタタ やっぱり無いよ俺以外」
Fuji Taitoのパートは「hold up 足りない」から始まります。T-Pablowの「欠けてて足りない」というテーマを受け継ぎながら、より攻撃的なトーンで展開されます。
「稼ぐ金めっちゃSo High」と言いながらも「足りない」と感じる。どれだけ手に入れても満たされないハングリーさ。「やっぱり無いよ俺以外」という自信に満ちた宣言は、彼の個性を強調しています。
行くよ行くよ行くよ行く
「行くよ行くよ行くよ行く 上も下も荒ぶる呼吸」
前に進み続ける決意を、シンプルで力強い言葉で表現しています。「上も下も荒ぶる呼吸」は、激しく生きている実感、生命力の発露です。
聞きたくねえもん聞くぐらいだったら耳塞いどけ
「足りない 足りない 聞きたくねえもん聞くくらいだったら耳塞いどけ」
再び「足りない」というフレーズが繰り返され、否定的な言葉や批判を聞きたくないという姿勢が示されます。「耳塞いどけ」という直接的な表現は、Fuji Taitoのストレートなスタイルを象徴しています。
流行りでも無えし廃りでも無え俺らの体内時計
「悪いけど流行りでも無えし廃りでも無え俺らの体内時計」
ここでFuji Taitoは重要なメッセージを発しています。自分たちの音楽やスタイルは、流行に左右されるものではないという主張です。
「体内時計」というメタファーは、内から湧き上がる本能的なリズム、つまり本物のヒップホップの精神を表しています。トレンドに迎合せず、自分たちの信じる道を進む。それこそがリアルだという宣言です。
shine like a star じゃ足りない
「高まった気持ちで足掻いてみたけど shine like a star じゃ足りない」
「shine like a star」(星のように輝く)というポジティブなイメージを提示しながらも、それでは「足りない」と言い切ります。
Fuji Taitoにとって、単に成功することや有名になることは最終目標ではありません。彼が求めているのは、もっと大きな何か、もっと深い充足感なのです。この飽くなき探求心こそが、彼を前に進ませる原動力となっています。
歌詞解説:SEEDAパート
俺達の弱みを知っていても知らない痛み
「俺達の弱みを知っていても 知らない痛み」
SEEDAのパートは、より内省的で哲学的なトーンで始まります。43歳のベテランラッパーならではの深みがあります。
「俺達の弱みを知っていても知らない痛み」というラインは、表面的に理解されても、本当の痛みや苦しみは誰にも分からないという孤独を表現しています。特に、ストリートで生きてきた者たちの痛みは、外部の人間には理解できないものだという意味が込められています。
RAP MUSICが俺らには必要
「RAP MUSICが俺らには必要 吐き出す違い」
SEEDAにとって、ラップは単なる表現手段ではなく、生きるために「必要」なものです。「吐き出す違い」というフレーズは、内に溜まった感情や経験を言葉として吐き出すことで、初めて生きていけるという切実さを表現しています。
これは、T-PablowやFuji Taitoも同じです。三人とも、ラップという表現がなければ、自分を保てなかったかもしれない。そんな共通点が、この楽曲で三人を結びつけているのです。
責任がのしかかる選んでらんねえ代理はいねえ
「責任がのしかかる 選んでらんねえ 代理はいねえ俺のビジネス」
ラッパーとしての重責を語るSEEDA。「責任がのしかかる」というのは、自分の言葉が多くの人に影響を与えるという自覚です。
「選んでらんねえ 代理はいねえ」という言葉には、自分にしかできないことがある、自分が前線に立たなければならないという使命感が込められています。20年以上のキャリアを持つSEEDAだからこそ、この責任の重さを理解しているのです。
行け進め感情が消えそうだ
「行け進め 感情が消えそうだ 一滴の涙いまsold out」
「行け進め」という自分への叱咤激励。しかし同時に「感情が消えそうだ」と吐露します。長年ストリートで生き、多くのものを見てきたSEEDAは、感情が摩耗していく感覚を知っています。
「一滴の涙いまsold out」というラインは、もう涙すら枯れてしまったという状態を表現しています。「sold out」(売り切れ)という商業的な言葉を使うことで、感情さえも商品化されてしまった現代社会への皮肉も込められているかもしれません。
欠けて錆びた刃尖ったまま見上げた空を
「欠けて錆びた刃 尖ったまま見上げた空を」
SEEDAは自分を「欠けて錆びた刃」に例えます。T-Pablowの「欠けてて足りない」月のイメージを受けながら、それを武器に変えています。
欠けていて、錆びているが、それでも「尖ったまま」。鋭さを失っていない。傷ついて、年を重ねても、まだ戦える。そんな不屈の精神が、この一節に込められています。
「見上げた空を」で視線を上に向けることで、まだ希望を持ち続けていることを示唆しています。
20年経ってもSEEDA blow Life Style so cold
「20年経ってもSEEDA blow Life Style so cold」
SEEDAのキャリアが20年以上に及ぶことを明示しながら、「SEEDA blow」と自分の名前とT-Pablowの名前をかけています。これは、世代を超えた繋がりを表現しているとも解釈できます。
「Life Style so cold」は、T-Pablowが「死んでるかのように本当俺は冷たい」と歌った「冷たさ」のテーマを引き継いでいます。感情を殺して生きる、冷徹なライフスタイル。それが20年経っても変わらないSEEDAの姿勢です。
T-pablow 路地裏からもっと上へTaito
「T-pablow 路地裏からもっと上へTaito」
ここでSEEDAは、共演する二人の名前を呼びます。「路地裏からもっと上へ」というフレーズは、ストリートから這い上がってきた三人の軌跡を表現しています。
川崎のT-Pablow、大泉町のFuji Taito、そして東京のSEEDA。それぞれの「路地裏」から、日本のヒップホップシーンのトップへ。この楽曲は、そんな三人の journey(旅)でもあるのです。
届かねえあの月のよう
「届かねえあの月のよう」
楽曲は、SEEDAのこのラインで締めくくられます。「届かねえあの月」——それは、三日月であり、Nikeのロゴのような形をした、欠けた月です。
どれだけ手を伸ばしても届かない月。しかし、だからこそ美しい。だからこそ追い続ける価値がある。
三人はそれぞれに「足りない」「欠けている」何かを抱えながら、それでも「あの月」に向かって手を伸ばし続けている。その姿こそが、「CRESCENT MOON」が描く世界なのです。
三人の共通点と違い
共通点:「欠けていること」の肯定
T-Pablowは「欠けてて足りない」、Fuji Taitoは「足りない」、SEEDAは「欠けて錆びた刃」——三人とも、自分が完璧ではないことを認めています。
しかし、それを弱さとは捉えていません。むしろ、欠けているからこそ、満たそうとする。足りないからこそ、求め続ける。その不完全さこそが、前に進む原動力になっているのです。
三者三様の表現スタイル
T-Pablow: 映像的で情景描写に優れたリリック。ストリートの荒廃した風景を生々しく描き出し、その中で生きる自分たちの姿を浮かび上がらせます。
Fuji Taito: 直接的で攻撃的なスタイル。「行くよ行くよ行くよ行く」という反復や、「耳塞いどけ」という直球な表現は、彼の若さとエネルギーを象徴しています。
SEEDA: 内省的で哲学的なアプローチ。20年以上のキャリアから来る深みと、言葉の選び方の巧みさが際立っています。
Jiggのプロダクション
プロデューサーJiggが作り出したビートは、三人のラッパーの個性を引き立てる絶妙なバランスを持っています。
ダークでヘヴィでありながらも、どこか浮遊感のあるサウンドは、「CRESCENT MOON」というテーマにぴったりです。夜の闇の中で光る三日月のように、暗い音の中にも美しさがあります。
2分28秒という短い尺の中に、三人のバースを収めながらも、それぞれに十分な表現の場を与えているJiggのプロダクションは見事です。
リリース後の反響
「CRESCENT MOON」は、リリース直後からSNSで大きな話題となりました。
iTunes Store Hip-Hop/Rapトップソングで3位、Spotify国内バイラルチャートで35位にランクインし、三世代のコラボレーションとして高く評価されました。
特に、「欠けてて足りない」というフレーズは、多くのリスナーの心に響き、SNSで引用されるパンチラインとなりました。
完璧を求められる現代社会において、「欠けている」ことを肯定するメッセージは、ヒップホップファンだけでなく、より広い層にも共感を呼んだのです。
まとめ:欠けた月の美しさ
T-Pablow feat. Fuji Taito & SEEDA「CRESCENT MOON」は、三世代のラッパーが「欠けていること」「足りないこと」をテーマに、それぞれの視点から人生とヒップホップを語った名曲です。
T-Pablowが描く荒廃したストリートの風景、Fuji Taitoの前に進み続ける姿勢、SEEDAの20年のキャリアから来る深い内省——三者三様のアプローチが、一つの楽曲の中で見事に調和しています。
満月のように完璧である必要はない。欠けていても、錆びていても、それでも尖っている刃でいられる。届かない月に向かって、手を伸ばし続けることができる。
「CRESCENT MOON」が教えてくれるのは、不完全さの中にある美しさ、そして欠けているからこそ生まれる強さです。
Nikeのロゴのように欠けた月を見上げながら、三人のラッパーは今日も前に進み続けています。そして、この楽曲を聴く私たちもまた、自分の中の「欠けてて足りない」部分を受け入れ、前を向く勇気をもらえるのです。



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