はじめに
日本のヒップホップシーンにおいて、SCARSほど強烈なインパクトを残したグループは数少ない。彼らの楽曲「Come Back」は、グループが困難な時期に直面しながらも制作された、魂のこもった一曲です。この記事では、「Come Back」という楽曲の背景と、それを生み出したSCARSというグループの軌跡を詳しく見ていきます。
伝説的グループSCARSの誕生
SCARSは2003年頃に結成された、神奈川県川崎市川崎区を拠点とする日本のヒップホップグループです。リーダーのA-THUGが映画『スカーフェイス』に影響されて命名したこのグループは、日本で初めてハスリングラップを始めたグループといわれています。
グループの成り立ちは、リーダーであるA-THUGの中学時代の友人(MANNY、SAC)が集まり結成されたことに始まります。その後、SEEDA、BES、I-DeA、そしてA-THUGの幼馴染であるSTICKYらがメンバーに加わり、強力な布陣が完成しました。
最終的なメンバー構成は、7人のMC(A-THUG、SEEDA、STICKY、BES、bay4k、MANNY、そして後に正式メンバーとなる林鷹)と2人のトラックメイカー(I-DeA、SAC)から成る、まさにドリームチームでした。
衝撃のデビュー作『THE ALBUM』
2006年9月2日、SCARSは1stアルバム『THE ALBUM』をP-VINE/FLASH SOUNDSよりリリースしました。トータルプロデュースはI-DeA、A&Rには当時P-VINEに在籍していた佐藤将氏が参加しました。
このアルバムは日本のストリートのリアリティを包み隠さずストレートなリリックで描き出し、日本のヒップホップの空気を変えたシーン屈指の作品として評価されています。音楽雑誌「blast」の『Blast Award 2006』で2位という高評価を得たことからも、その影響力の大きさが分かります。
2006年はまさにSCARSの年でした。どこのヒップホップ系のクラブに行っても「SCARSもどき」のクルーが大量発生していたと言われるほど、彼らのスタイルは若いラッパーたちに衝撃を与えました。当時ブログを精力的に更新していたSEEDAは、この状況を「空前のハスラーラップブームっす」と表現していたそうです。
『NEXT EPISODE』制作の背景
1stアルバム『THE ALBUM』から約2年後の2008年9月、SEEDAがブログで2ndアルバムの制作を発表しました。しかし、その背景には複雑な事情がありました。
A-THUGが再び刑務所に服役することになり、その裁判費用を稼ぐことも制作理由の一つでした。さらに、BESが不参加となり、STICKYとbay4kの間には不和が生じていました。
当初、アルバムタイトルは「RE-UNION」となる予定でしたが、これらの理由から再結成とは言えない状況だったため、「NEXT EPISODE」というタイトルに変更されました。次のエピソード、つまり新たな章の始まりを意味するタイトルです。
2ndアルバム『NEXT EPISODE』リリース
2008年12月31日、2ndアルバム『NEXT EPISODE』がP-VINE/SCARS ENTERTAINMENTよりリリースされました。トータルプロデュースは前作に引き続きI-DeAが担当しています。
アルバムには全15曲が収録され、「Come Back」は2曲目に配置されています。トラックリストは以下の通りです:
- Indro
- Come back
- Pain time
- My block
- 何が残る
- 万券Hits feat. DJ TY-KOH
- Lookin’ back feat. D.O(練マザファッカー)
- Give it to me feat. 林 鷹
- What U got feat. BEBE(SBJ)
- We accept feat. DAG FORCE
- S to N feat. PIT GOb(練マザファッカー)
- ONEWAY LOVE feat. BRON-K(SD JUNKSTA)
- Dear my friend feat. ESSENCIAL
- 曝けだす
- Next episode
MANNYが久々に参加を果たした一方、BESは不参加、A-THUGは服役中のため出番も少なめという状況でしたが、それでもアルバムは完成しました。
「Come Back」という楽曲の評価
「Come Back」は『NEXT EPISODE』の中でも特に評価の高い楽曲の一つです。リスナーからは「PVなど見て好きだった」「鳥肌が立った」といった熱い支持を受けています。
困難な状況下で制作されたアルバムであるにもかかわらず、「聴けば聴くほど飲み込まれていく」「クラシックのような雰囲気もある」と評される深みのある作品に仕上がっています。
この曲には、グループの葛藤や苦悩、そして前に進もうとする意志が込められています。タイトルの「Come Back」には、様々な解釈が可能ですが、困難を乗り越えて戻ってくる、あるいは原点に立ち返るという意味が込められているのかもしれません。
川崎サウスサイドのレガシー
SCARSは川崎のヒップホップシーンを代表するグループとして、後世に大きな影響を与え続けています。
2022年11月16日には、同じく「川崎サウスサイド」を地元とするラッパーKWSK AGGYが、DJ SPACE KIDと共にSCARSの『Come Back』をサンプリングした楽曲『G.O.A.T.』を発表しました。REMIXバージョンにはSCARSからA-THUG、bay4k、BESが参加しています。
この事実は、「Come Back」という楽曲が川崎のヒップホップシーンにおいて重要な位置を占めており、10年以上経った現在も新しい世代のアーティストたちにインスピレーションを与え続けていることを示しています。
SCARSが示したリアルとは
SCARSの魅力は、そのリアルさにあります。彼らは日本でハスリングという題材を真正面から取り上げ、ストリートのリアリティを包み隠さず表現しました。
しかし、それは単なる自慢話ではありません。葛藤を隠さず、弱さと強さを両立させながら、一つの価値観を示したのです。
現在の生活から抜け出したいと思っている一方で、それを誇ってもいる。そんな複雑な感情を、彼らは言葉にして届けました。
名曲「STARSCAR」の存在
SCARSを語る上で欠かせないのが、代表曲「STARSCAR」の存在です。この曲は2016年に音楽プロデューサーYuto.comによってRemixされ、YouTubeで公開されました。2023年8月時点で再生回数は1196万回を記録しています。
「みんなでラーメン食べに行こう 餃子も頼んでビール飲もう 腹一杯なら幸せだろう」という歌詞には、初めて聴いたときに泣きそうになったという感想も寄せられています。
その後のSCARSとメンバーたち
SCARSはその後も活動を続け、2010年には『SCARS EP』、2012年には復活ライブを開催しました。2019年には1stアルバム『THE ALBUM』と2ndアルバム『NEXT EPISODE』が完全限定プレスの2枚組仕様で初のアナログ化を果たしています。
メンバーそれぞれもソロ活動を展開し、日本のヒップホップシーンに影響を与え続けています。残念ながらSTICKYは逝去しましたが、彼らの音楽は今も色褪せることなく、多くのリスナーの心に響き続けています。
文化への影響
SCARSの影響は音楽にとどまりません。2018年12月15日には、東京発祥のストリートブランド「BlackEyePatch」がSCARSを題材とした写真展を開催しました。撮影は現在ニューヨーク在住のフォトグラファー小浪次郎氏が担当しています。
また、小説家の大田ステファニー歓人氏は、ハスリングに巻き込まれる高校生を主人公とする小説「みどりいせき」でSCARSのリリックを引用しており、文学の分野にもその影響が及んでいます。
まとめ
「Come Back」は、困難な時期にあったSCARSが魂を込めて制作した楽曲です。グループの葛藤や苦悩、そして前に進もうとする意志が込められたこの曲は、日本語ヒップホップの歴史において重要な1ページを刻んでいます。
川崎サウスサイドから生まれた本物のハスラーラップ、そしてそのリアルなストーリーテリングは、今なお多くのリスナーとアーティストの心を掴んで離しません。
コメント