PHOBIA OF THUG「213 TO THA 052 feat. Frost」― ロサンゼルスと名古屋、二つの市外局番が結ばれた瞬間

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2003年4月。日本のヒップホップ史に刻まれるべき、ある「国際電話」が鳴り響いた。名古屋のヒップホップグループPHOBIA OF THUGが、チカーノ・ラップのドンFrostを迎えてリリースした3rdシングル「213 TO THA 052」だ。タイトルの「213」はロサンゼルスの市外局番、「052」は名古屋の市外局番——その二つの数字を並べただけで、この曲が何を意味しているかはすべて語られている。太平洋を挟んだ二つのストリートが、一本の曲の上で初めて正式に握手を交わした、その瞬間の記録だ。


PHOBIA OF THUGという名古屋の礎

この曲の意味を理解するには、まずPHOBIA OF THUGというグループがどれほど名古屋のシーンにとって特別な存在であるかを知る必要がある。

G.CUEは1994年にラッパーとして活動を開始し、DJ MOTOが立ち上げた名古屋の伝説的クルー「ダイアモンドクルー」に所属。その後MC LONE、MC FATS、DJ 4-SIDEとともに052ギャングスタ・ラップの礎「G-MENACE」を結成。MC LONEの脱退後、MR.OZが加わり、1995年にヒップホップグループ「PHOBIA OF THUG」を結成した。

名古屋のヒップホップシーンを代表するラッパーでありながら、大須でアパレルショップ「ASIAN-P」を経営するなど実業家としての顔も持つG.CUEは、AK-69やDJ RYOWなどから「G.CUE兄さん」と慕われる、名古屋シーンの兄貴的存在だ。

そのPHOBIA OF THUGの存在感は、単なるラップグループを超えていた。ウェストコースト/ローライダー文化が盛んで、ブラジル人など南米・ラテン・チカーノ文化が身近にあった名古屋という土地柄の中で、PHOBIA OF THUGはそういった各種カルチャーの中心を担う存在だった。

AK-69は17歳の時、バイト先の先輩だったG.CUEに誘われて名古屋のクラブへ行き、そこで初めて観たヒップホップライブがPHOBIA OF THUGのライブだった。AK-69は当時のMR.OZたちを見て「めちゃくちゃでかい人と小さいめちゃくちゃ怖い人で、なんじゃこりゃって感じで、Phobia of Thugのカッコ良さに衝撃を受けた」と語っている。次世代のスターを震え上がらせた、それがPHOBIA OF THUGという存在の重さだ。


3rdシングルにFrostを迎えた意味

2003年4月、本場チカーノラップのドンFROSTを迎え、3rdシングル『213 TO THA 052』が発売された。

1stシングル「CLICK DA TRIGGER」、2ndシングル「DA WAY 2 DIE」とリリースを重ねてきたPHOBIA OF THUGが、満を持して3枚目のシングルに選んだのがFrostとのコラボレーションだった。この選択は偶然ではない。名古屋という街が育んできたウェストコースト文化への深い愛情と、本場のチカーノ・ラップに対する純粋なリスペクトが、この曲を生んだ。

G.CUEのプロフィールには「PHOBIA OF THUGの3rdシングルでは、チカーノラップのドン、FROSTと楽曲、PVを制作」と明記されており、この曲が単なるゲスト参加ではなく、楽曲制作からミュージックビデオ制作まで、Frostとがっぷり四つに組んで作り上げた作品であることがわかる。後にリリースされたPHOBIA OF THUGの1stフルアルバム『HYDROPHOBIA』にはDVDが付属し、「213 To Tha 052」のPVが収録された。


「213」と「052」― 二つの市外局番が持つ文化的重力

このタイトルの構造は、見れば見るほど深い。「213」はロサンゼルスの市外局番——Kid FrostがチカーノとしてEast L.A.の誇りを歌い続けてきた街の番号だ。「052」は名古屋の市外局番——PHOBIA OF THUGがギャングスタ・ラップを根付かせてきた街の番号だ。

二つの数字を「TO THA」で繋ぐことで、この曲のタイトルはそのまま「ロサンゼルスから名古屋へ」という一方向の矢印ではなく、双方向のつながりを意味するものになっている。俺たちは本場を知っている、本場も俺たちを認めた——そのメッセージが、たった三つの言葉に凝縮されている。

この繋がりが生まれた背景には、名古屋という街が持つ独特の文化的土壌がある。ローライダー文化が日本で最初に普及し始めた場所の一つが名古屋で、2003年には名古屋でローライダーショップ「チョロスカスタム」が開設されるなど、名古屋とローライダー・チカーノ文化の親和性は全国でも群を抜いていた。さらに名古屋市にはブラジル連邦共和国の総領事館が置かれており、首都東京以外でブラジル総領事館があるのは浜松市と名古屋市のみという事実が示すように、愛知・名古屋エリアは日本の中でも特にラテン系コミュニティとの結びつきが強い土地だ。そのような文化的背景が、PHOBIA OF THUGというグループのメンタリティを形成し、Frostとの化学反応を可能にした土台だったと言えるだろう。


Frostが名古屋を認めた瞬間

Frostの側からこの曲を見ると、また別の景色が見えてくる。「La Raza」でチカーノ・ラップの歴史を切り開いた男が、太平洋の向こう側の日本語ラッパーとマイクを並べる——これは単なる国際コラボ以上の意味を持つ。

Frostのキャリアを振り返れば、彼が音楽の中で一貫して大切にしてきたのは「リアルなコネクション」だ。上辺だけの関係や商業的な思惑で動く男ではない。PHOBIA OF THUGがFrostの心を動かしたとすれば、それはG.CUEとMR.OZが持つ本物のストリートへの敬意と、052という街で積み上げてきた本物の実績があったからにほかならない。

G.CUEは長年にわたり全国のクラブ・イベントにゲスト出演するとともに、ICE CUBE、WC、KURUPT、DAZ、DJ QUIKなど数多くの海外アーティストとのライヴセッションも着実に行なってきた。その積み重ねがあったからこそ、Frostという大物との本物のコラボレーションが実現したのだ。


名古屋から世界へ、という宣言

2001年以降、PHOBIA OF THUGとして「CLICK DA TRIGGER」「DA WAY 2 DIE」「213 TO THA 052」のシングル3枚、1stフルアルバム「HYDROPHOBIA」、2ndミニアルバム「JAPANESTA」をリリースし好セールスを叩き出した。この充実したディスコグラフィーの中で、「213 TO THA 052」はPHOBIA OF THUGが単に名古屋のシーンに留まらず、本場のチカーノ・ラップと同じ土俵に立てるグループだということを証明した一枚として、特別な位置を占めている。

「213 TO THA 052」というタイトルは、今聴いても色褪せない。ロサンゼルスのイーストサイドと名古屋の052が、音楽という回線でダイレクトに繋がった瞬間——その着信音は、20年以上が経った今も、確かに鳴り響いている。

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