はじめに:「MOTO」という言葉の射程
「MOTO(元)」——この一文字にどれだけの意味を詰め込めるか。
起点、根っこ、原点、もとの自分。日本語における「元」という字が持つ意味の広さは、英語にはなかなか翻訳しきれない。Watsonがこのタイトルを選んだとき、そこには「自分が何者であるか」という問いが静かに潜んでいる。徳島の田舎から這い上がってきた男が、今どこに立っているのか。その足元を確認するような一曲だ。
作品の位置づけ:『Soul Quake 3』の2曲目という場所
「MOTO (feat. guca owl)」は、2026年2月25日リリースのアルバム『Soul Quake 3』の2曲目に収録されている。イントロを抜けてすぐ、アルバムの最初の「顔」として置かれた楽曲だ。シリーズ最終章の冒頭に何を置くか——Watsonはここで、派手な自己主張ではなく、自分の「元」に立ち返る曲を選んだ。
作詞はWatsonとguca owl、作曲はKoshyとg06beatzが担当。MVはダイキ・カモシタが監督を務め、VIXI inc.がプロデューサーとして制作している。
Watsonとは何者か:復習を兼ねた紹介
前の記事でも触れたが、ここで改めて。
2000年生まれ、徳島県小松島市出身のラッパー。等身大でユーモアあふれる独特なリリックと特徴的な声質、フロウで注目を浴び、一気にスターの座へ駆け上がった。
Watsonの大きな特徴は、トラップ、ドリルのビートに対して、3連フロウやメロディアスなアプローチではなく、グライムやドリルの流れをくむ倍速ラップをたたみかけるスタイルにある。ほとばしるような言葉の流れの中で、自身と取り巻く日常のありのままを表現しながら、言葉遊びや洗練された言い回しを織り込んでいく。
大阪で売人をやり、逮捕・執行猶予を経てラップ一本で武道館まで辿り着いた男。そのリリックには、消せない過去と折り合いをつけながら歩いてきた人間だけが持てる説得力がある。
guca owlとは何者か:東大阪の工場街から来たリリシスト
「MOTO」の鍵を握るのは、フィーチャリングのguca owl(グカール)だ。
1998年11月11日生まれ、東大阪市出身のラッパー。WILD SIDE MUSICのメンバー。18歳のときに仲間とWILD SIDE STUDIOを作り、2019年「今夜はハダシデ」、2020年アルバム「BOHEMIAN JOKE」を発表。2021年には交通事故をきっかけに制作したEP「past & highway」を発表し、「High Wall」のミュージックビデオはguca owlの名を全国的に知らしめた。
名前の読み方は「グカール」。「guca(ジー・ユー・カ)=自由化」という意味を込めた文字を頭に付けており、夜の世界に生きていたフクロウは大空へと羽ばたいた、という由来がある。
東大阪・花園で育ち、中学3年からの1年間だけ不良仲間とつるんだが、「これは捕まるか事故って死ぬかで終わる」と気づき高校1年で縁を切った。その後、高校を中退して現場仕事をするようになり、仕事中の車内でヒップホップについて調べ、「声を持たない人が表現する方法」という概念に強く共感。18歳でラッパーになることを決意した。
社会問題に対する皮肉なワードセンスと放浪的な世界観を特徴とし、混沌とした現代を独特の感性で描く表現力は、ヒップホップ好きの若者だけでなく広い世代から支持を集めている。
2023年4月にリリースしたミニアルバム「ROBIN HOOD STREET」は、12月にミュージックマガジンが選ぶ2023年ベストヒップホップアルバム1位に選出。2024年のワンマンツアー「Working Class King Tour」は全会場ソールドアウトを記録した。
楽曲テーマ:「ブリって重くなるのに」から始まる、リアルの連鎖
冒頭の一行——「ブリって重くなるのに」。
これがこの曲のトーンをすべて決める。ブリ(環境・習慣の重さ)が自分を縛ろうとしても、それでも動いていく。ふざけているようで深い、Watsonらしい言葉の入り方だ。金魚ではなくブリ——ただのユーモアじゃなく、成長することの重さや責任を魚の「ブリ」に掛けているように聞こえる。こういった日常語の使い方に、Watsonというラッパーの本質がある。
Watsonのバースでは、底にいた頃の自分の話を隠さない。スタジオ入りが夢だった頃、誰にも信じてもらえなかった頃、それでも「元」の自分から逃げずにいた話が、ユーモアを纏いながら展開される。恥ずかしいことも笑いに変える力——それがWatsonのリリックの一番の武器だ。
guca owlのバースもまた、「元」に向き合う言葉で貫かれている。工場の街・東大阪の花園で育ち、ラップで食えるはずがないと思っていた頃の自分。仕事をやめて仲間と住み込みで音楽を作り始めた頃の覚悟。その「元」があるから今がある——という構造が、Watsonのバースと鮮やかに呼応する。
Watson「MOTO feat. guca owl」はguca owlとの初めての共演となる。初顔合わせとは思えないほど、二人の声質とフロウのテンションが噛み合っている。徳島と東大阪、育った場所も文脈も違う二人だが、「ラップで道を切り開いてきた」という一点で、どこか同じ匂いがする。
二人の「元」が重なるところ
WatsonとGuca owlに共通するのは、どちらも「ラップしか道がなかった」わけではなく、あえてラップを選んだという点だ。
Watsonは売人として食えていた。guca owlは現場仕事で生活できていた。それでも二人は、より安定した選択を捨てて、ラップという不確かな道に全部を賭けた。「MOTO」というタイトルは、その選択をした瞬間——つまり「元」の決断に戻ることでもある。
「なぜ俺はラップをやっているのか」という問いを、二人はそれぞれの言葉で、同じビートの上で答えている。その答えがすれ違わず、むしろ重なり合うところに、この曲の面白さがある。
MVの空気:日常を丁寧に切り取った映像
MVはダイキ・カモシタが監督を務め、VIXI inc.がプロデュースした映像作品で、複数のキャスト、そしてBAMBOO SHOOTSによる車のサポートが入った制作体制で撮影されている。
映像は大げさな演出を避け、日常の中に佇む二人の姿を丁寧に切り取っている。派手なフレックスや大仰な演出よりも、「ただそこにいる」という存在感を映像に落とし込む——この姿勢がリリックの温度と一致している。
まとめ:「元」に戻ることは、前に進む力になる
「MOTO」は懐古主義の曲ではない。
過去を美化して終わりにするのではなく、「元」があったから今がある、という等式をただ静かに提示する曲だ。Watsonが徳島で過ごした日々も、guca owlが東大阪の現場で汗をかいた時間も、全部が「元」として今の二人を支えている。
アルバム『Soul Quake 3』の最終章の冒頭に、この「MOTO」が置かれている意味。それは、終わりに向かうとき、人は必ず自分が始まった場所を確認するということかもしれない。「元」に戻ることは、逃げることではなく、次の一歩を踏み出すための助走だ。



コメント