2020年11月、日本のヒップホップシーンに約3年半ぶりとなる重要な作品が登場した。レジェンドプロデューサーDJ PMXによる4作目のオリジナルアルバム『THE ORIGINAL IV』から、第二弾配信シングルとしてリリースされた「Scenario feat. ¥ELLOW BUCKS, DABO, HI-D」である。この楽曲は、若手注目株から日本語ラップのレジェンド、そしてシーンを支えるR&Bシンガーまで、異なる世代とスタイルを持つアーティストが一堂に会した、まさに日本のヒップホップシーンを象徴する一曲となっている。
DJ PMX―ウエストコーストヒップホップの伝道師
DJ PMXは、宮崎県出身で、1980年代後半から日本のヒップホップシーンの中核として活動してきた稀有なプロデューサー兼DJである。アメリカ西海岸のヒップホップの影響を受け、日本にウエストコーストスタイルを広めた第一人者として知られ、洗足学園音楽大学の客員教授も務めている。
1987年頃にMAZZ&PMXを結成してDJとしての活動を開始し、1988年には宮崎でのライブで藤原ヒロシに見出された。その後、横浜のKayzabroと出会い、1989年にはDS455を結成。日本におけるウエストコースト風日本語ラップの先駆者として、G-FUNK風メロディと甘いフロウを特徴とするスタイルを確立した。
自身のプロデュースワークの集大成ともいえるフラッグシップアルバム「THE ORIGINAL」シリーズの制作とともに、locoHAMA CRUSINGなどの数々のMIXCDをリリース。AK-69、OZROSAURUS、BIG RONなど、数多くのアーティストをプロデュースし、日本のヒップホップシーンに計り知れない影響を与えてきた人物だ。
¥ELLOW BUCKS―東海が誇る新世代のラップスター
¥ELLOW BUCKS(イエローバックス)は、1996年8月5日生まれ、岐阜県高山市出身のラッパーで、2019年のラップスタア誕生シーズン3の優勝者である。別名「ヤングトウカイテイオー」として、東海地方を代表する若手ラッパーの筆頭として注目を集めている。
16歳の時にYoung Bustaというグループでラッパーとしてのキャリアをスタートさせた。その後、グループ解散を経て¥ELLOW BUCKSに改名。19歳で単身渡米し、ニューヨークでヒップホップの本場の空気を肌で感じた経験が、彼の楽曲やライフスタイル、ファッションに大きな影響を与えた。
MC名の由来は、かつての活動名Young Busta(YB)のイニシャルを残したいという思いから、黄色人種を意味するYellowと、お金を稼ぐという意味のスラングBucksを組み合わせ、YのYを¥に変えることでより稼げるラッパーになりたいという意思を表現している。
2019年のラップスタア誕生での優勝をきっかけに一気に脚光を浴び、以降、作品を次々とリリース。インディペンデントながらメジャーに勝るとも劣らぬ実績を積み重ねており、卓越したラップスキルと華のあるルックスで、日本のヒップホップドリームを体現する新世代のラップスターとして確固たる地位を築いている。
DABO―日本語ラップ界のレジェンド
DABO(ダボ)は、1975年1月6日、千葉県生まれのMC・ラッパーで、ヒップホップ集団NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのメンバーとしても知られている。独特のハイトーンボイスと卓越したスキルで聴く者を魅了する、日本屈指の実力派ラッパーだ。
17歳からラップを始め、1995年にDJ HAZIME、SUIKEN、KEI-BOMBらとCHANNEL5というグループを結成した。1999年にReality Recordsより「MR.FUDATZKEE」でソロデビューを果たし、2001年にはDef Jam Japanの契約第1号アーティストとして「拍手喝采」でメジャーデビュー。
2000年にはNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDの一員としてフルアルバムを発表し、アンダーグラウンドな枠にとどまらず大きなムーブメントを巻き起こした。数々のフロアヒットを持ち、どんなステージやオーディエンスでもロックできるステージ巧者であり、彼の創作物や一挙一動から滲み出るヒップホップIQの高さはシーン随一と評されている。
また、イラストを描くことを好み、フダ画伯というネームで活動するなど、音楽以外の分野でも才能を発揮している。まさに日本のヒップホップシーンにおける重鎮として、長年第一線で活躍し続けている存在だ。
HI-D―ヒップホップシーンを彩るR&Bシンガー
HI-D(ハイ・ディー)は、本名平野英雄、東京都西東京市出身のR&Bシンガーソングライター、音楽プロデューサーである。フィンランドのユニット3rd Nationの専属ダンスメンバーとして5年間活動した後、日本でシンガーとしての道を歩むことを選択。2003年にDef Jam Japan初の男性シンガーとして「Girlfriends feat.ZEEBRA」でデビューを飾った。
ダンサブルなステージングと甘く繊細かつ力強い歌声で、ヒップホップシーンのシンガーとしては貴重な存在として注目を集めるようになり、フィーチャリングでの作品参加が増え続けている。DJ PMXの楽曲では「Miss Luxury」や「House Party」など、数多くの作品に参加し、DJ PMXのヒット曲にはなくてはならない存在となっている。
100曲を超す確固たる客演ワークスで身につけたスキルで各アーティストの素の部分やニーズを見極め、歌詞やストーリーに反映させるソングライティング能力はアーティストからの信頼度も絶大である。常に唯一無二なスタイルを保ちながらも、自由な発想で新しい可能性を開拓し続ける、シーン屈指のR&Bシンガーとして第一線で活躍している。
「Scenario」が示す世代を超えた化学反応
この楽曲は、それぞれの人生のシナリオを歌ったキャッチーなクラブチューンに仕上がっている。若手注目No.1の¥ELLOW BUCKS、ジャパニーズヒップホップシーンのレジェンドDABO、そしてDJ PMXのヒット曲にはなくてはならないR&BシンガーHI-Dという、異なる世代とスタイルを持つ3人のアーティストが集結したこの曲は、まさに日本のヒップホップの過去・現在・未来を象徴するコラボレーションとなっている。
ウエストコーストとR&Bをサンプリングした心地よいグルーヴで、横浜の午後から夜にかけての雰囲気を楽しむような内容に仕上がっている。DJ PMXが長年培ってきたウエストコーストスタイルのサウンドプロダクションに、3人のアーティストがそれぞれの個性を存分に発揮している。
若さと勢いあふれる¥ELLOW BUCKSのフレッシュなフロウ、DABOの洗練されたベテランの風格、そしてHI-Dの甘く力強い歌声が絶妙に絡み合い、聴く者を魅了する。それぞれが異なる背景や経験を持ちながらも、一つの楽曲の中で見事に調和している点が、この曲の最大の魅力といえるだろう。
アルバム『THE ORIGINAL IV』における位置づけ
この楽曲は、アルバム『THE ORIGINAL IV』のトラックリスト2曲目に収録されており、アルバム全体のトーンを決定づける重要な位置を占めている。同アルバムには、AK-69、GADORO、KOWICHI、JAGGLA、GOTTZ(KANDYTOWN)、KEN THE 390など、シーンを代表するアーティストから新世代のアーティストまで、多くのラッパーやシンガーが参加している。
DJ PMXは一切の妥協を許さず完成させた最高作として、日本でより大きなムーブメントとなっているヒップホップを総括するアルバムを目指した。その中で「Scenario」は、世代を超えたコラボレーションという観点から、アルバムのテーマを象徴する楽曲の一つとなっている。
本作は11月25日にリリースされると同時に、ミュージックビデオが公開され、テレビ東京系音楽番組「流派-R since2001」の12月度オープニングテーマにも決定された。これは、楽曲の完成度の高さとシーンにおける重要性が評価された結果といえるだろう。
日本語ラップシーンにおける意義
「Scenario」は単なる一曲のコラボレーション以上の意味を持っている。1980年代後半から日本のヒップホップシーンを牽引してきたDJ PMXが、2000年代を代表するレジェンドDABOと、2010年代後半に頭角を現した新世代の¥ELLOW BUCKSを一つの楽曲で結びつけることで、日本語ラップの歴史の連続性と進化を示している。
この楽曲を通じて、ヒップホップが若者だけの音楽ではなく、世代を超えて共有できる文化であることが証明されている。レジェンドが若手に道を示し、若手がそれを受け継ぎながら新しい風を吹き込む。そして、その橋渡しをするHI-Dのようなシンガーの存在。これこそが、日本のヒップホップシーンが健全に発展し続けている証といえるだろう。
また、DJ PMXが長年追求してきたウエストコーストスタイルのサウンドが、時代を超えて色褪せることなく、新しい世代のアーティストとも見事にマッチしている点も注目に値する。トレンドに流されることなく、自らのスタイルを貫き通してきたDJ PMXの姿勢が、この楽曲の普遍性を支えているのだ。
まとめ
DJ PMXの「Scenario feat. ¥ELLOW BUCKS, DABO, HI-D」は、日本のヒップホップシーンの奥深さと可能性を存分に感じさせる名曲である。レジェンドプロデューサーが創り出すウエストコーストサウンドに、異なる世代のラッパーとシンガーが乗ることで、時代を超えた化学反応が生まれている。
それぞれのアーティストが歩んできた人生のシナリオが一つの楽曲の中で交差し、新たなストーリーを紡ぎ出す。この曲を聴くことで、日本のヒップホップが長い年月をかけて築き上げてきた文化の厚みと、これから先の未来への期待を同時に感じることができるはずだ。
日本のヒップホップを愛するすべてのリスナーにとって、この「Scenario」は聴き逃せない一曲であり、シーンの歴史を語る上で欠かせない重要な作品として、今後も語り継がれていくことだろう。



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