2022年3月4日にリリースされたAwichのメジャーファーストアルバム『Queendom』。日本のヒップホップシーンに新たな歴史を刻んだこの作品のタイトル曲「Queendom」は、Awichの人生の旅路を振り返り、苦難を乗り越えた彼女の強さと再生を描いた楽曲として多くのリスナーの心を掴んでいる。
壮絶な人生を赤裸々に語る「Queendom」
「Queendom」では、Awichが2006年にアトランタにいた時代を振り返る。トラップボーイたちの傍らで勉強をしていた日々、刑務所を出入りする恋人との生活、娘が生まれる3日前に釈放されたこと、そしてその後彼が路上で銃殺されたという痛切な過去が率直に語られている。彼女の最後の記憶は、娘に「パパはここにいるでしょ?」と言われたことだったという。
楽曲の前半約2分間は悲しみに満ちているが、最後の1分半では力強いアンセムへと変貌し、過去を忘れずに、しかしそれに定義されることなく前進するというメッセージが込められている。コーラスでは「ONE、知性で稼いでくMoney / TWO、美声に宿らせるPower / THREE、身体に絡みつくRespect / FOR the Freedom This is my Queendom」と、自分自身の力で築き上げた王国を高らかに宣言している。
リリックには「人生は引き返せない二度と / チャンスは自分で掴むもの / もう一度書き直すシナリオ / ゴールに向かい進む Let me go」という力強い言葉が綴られ、マイナスから数えるミリオン、忘れかけていたビジョン、幼いリリックを読み返すことで、再び夢に向かって進む決意が表明されている。
アルバムを白紙にした決意
実は、このアルバムは制作途中で一度白紙に戻されている。YZERRが「Awichさんなら日本のヒップホップを引っ張っていけると思うし、武道館とかもやったほうがいい」と最初に言ってくれたことがきっかけだった。制作中のアルバムについて相談していた際、「口に出して」を聴かせたが、そのときは全く違う曲で、爽やかでポップな仕上がりだったという。
YZERRは「コンセプト自体めっちゃ良いから、ラチェットというか、アトランタの強い女たちのノリに一緒に作り直そう」と提案し、BAD HOPのスタジオで皆で徹夜で作り上げた。Awich自身も「最初は違うタイトルにしていて、内容もけっこう違って『かっこいい』ではあったが『かっこいいだけだな』と思って作りなおした」と語っている。
ギリギリのところで「もう1回やらせてください」と言い、そこから自分の決意が詰まった曲や強めのラップの曲が生まれたという。「私がトップの人間として君臨する王国があるならこれだ!私だけがかっこよくなって多くの人に見られるアルバムであればいいと思っていたが、それだけじゃダメだと思った。もっとより多くの人にヒップホップとラップのかっこよさを見せられるアルバムにしたい」という思いから、『Queendom』というタイトルが生まれた。
純度100%のラップアルバムへの挑戦
メジャー移籍後約1年半を経て完成した本作は、純度100%のラップアルバムに挑んだ作品で、本気でシーンの頂点を獲りにいくという覚悟を感じさせる1枚となっている。プロデューサーは主にChaki Zuluが務め、アルバムからは「GILA GILA」(feat. JP THE WAVY & YZERR)、「口に出して」、「どれにしようかな」の3曲がシングルカットされた。
「GILA GILA」は2021年7月にリリースされ、ビルボードジャパンHot 100で92位にランクインし、Awichにとって初のチャートイン楽曲となった。「Mステ出たから何?ヒットなきゃ続きはない」という曲中の言葉には、ラッパーとして高みを目指す強い意志が表れている。
アルバムの歌詞は日本語と英語のバイリンガルで、沖縄出身のAwichらしく、時にはウチナーグチも織り交ぜながら独自の世界観を構築している。英語・日本語・沖縄語をテーマごとに使い分け、時には巧みに織り交ぜてオリジナルなラップで表現するのがAwichのスタイルだ。ルーツの沖縄への熱い思いやヒップホップシーンの連帯など、メッセージ性が強いリリックも特徴である。
日本武道館という新たな舞台へ
アルバムリリース後の2022年3月14日には、自身初となる日本武道館公演「Welcome to the Queendom」を開催した。娘や、かつて所属していたインディペンデントレーベルYENTOWNのゲストパフォーマーたちも登場し、感動的なステージとなった。
武道館の2階席から吊るされた故郷・沖縄の旗を指さし、「あの島で教えられた精神がいまの私を作っています」と語った姿は、多くのファンの記憶に刻まれている。パフォーマンス中は楽しむことに集中していたため、終わった後にみんなからの反響を聞いて初めてそのすごさを実感できたという。「やっぱり頑張った甲斐があった。努力が報われたんだなって思っている」とAwich自身も振り返っている。
また、リリース前日の3月3日には日本テレビの「スッキリ」で「どれにしようかな」をライブパフォーマンスし、アルバムのプロモーションタイトル曲「Queendom」は3月1日、アルバムリリースの3日前にプロモーショナルシングルとしてリリースされた。
アルバムはオリコンデイリーチャートで8位にランクインし、日本のヒップホップシーンにおける女性ラッパーの新たな可能性を示した。Awichはカルチャー雑誌「Quick Japan」の表紙を飾り、特別インタビューも掲載されるなど、メディアからも大きな注目を集めた。
さらに、Spotifyの「Equal Japan」プレイリストの一環として、音楽業界で活躍するさまざまな女性アーティストをフィーチャーする広告の中で、Awichのプロモーション広告がニューヨークのタイムズスクエアに掲示されるなど、その影響力は国内にとどまらず海外にも広がっている。
「Queendom」が象徴するもの
この楽曲は、過去の自分を振り返りながらも、再生と新たな始まりを描いた力強いオードである。ミュージックビデオには娘の成長する姿、亡くなった愛する人、そして中盤からは彼女を支える家族や友人たちのクルーが映し出されている。映像は彼女の人生の変遷を視覚的に表現し、見る者の心を打つ。
「Queendom」というタイトルには、「あたしがラップしないで、誰がこのカルチャーを引っ張っていけるんだ」という強い覚悟が込められている。沖縄で生まれ、アメリカで愛と喪失を経験し、シングルマザーとして娘を育てながらラッパーとしてのキャリアを再構築してきたAwich。その全ての経験が、この楽曲には凝縮されている。
Awichは沖縄について「馬鹿にされることもあるし、暗い過去もある。おじいちゃんやおばあちゃんの話を聞いて悲しんでいるのも見てきた」と語りながらも、「沖縄で、そしてそこに存在する多様なカルチャーの中で育ったんだなって沖縄を出てみてあらためて実感した。いろいろな人の生き方や在り方を受け入れることや、みんな仲間だという考え方、『どうにかなるから大丈夫だよ』という考え方が、音楽制作だけじゃなくて生き方として助けられている」と、故郷への深い愛情を表現している。
愛する人を亡くした後の原動力は娘の存在と、戦後何もない時代を生き抜いた沖縄の先人から受け継いだ精神だという。「アイデンティティーに誇りを持つことで、自分の価値や地域の価値が高まり、ものづくりや経済活性化につながる。その基盤をつくりたい」という思いは、彼女の音楽活動とビジネス活動の両方に息づいている。
まとめ
「Queendom」は単なるラップ楽曲ではなく、Awichという一人の女性の人生そのものを描いた自伝的作品である。悲しみを乗り越え、自らの力で道を切り開き、文字通り自分の「王国」を築き上げた彼女の姿は、多くの人々に勇気と希望を与え続けている。
「The Far East Queen Pain is No more / I run this utopia / It’s the Queendom」というリリックが示すように、極東の女王として、もう痛みはない。彼女が支配するユートピア、それが彼女のQueendomなのだ。
この楽曲を通じて、Awichがアジアのヒップホップシーンにおいて最も優れたMCの一人であることは疑いようがない。彼女の「Queendom」は、これからも多くのリスナーの心に響き続け、日本のヒップホップ史に刻まれる名曲として語り継がれていくだろう。



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