イントロダクション
2022年3月4日にリリースされたAwich(エーウィッチ)のメジャーファーストアルバム『Queendom』。その8曲目に収録されている「どれにしようかな」は、女性の自由と選択の権利をテーマにした楽曲として、多くのリスナーに衝撃を与えた一曲だ。Chaki Zuluのプロデュースによって生み出されたこの楽曲は、Awichの音楽性とメッセージ性が凝縮された名曲として、今なお多くの人々に愛され続けている。
Awichとは何者か
沖縄から世界へ
1986年12月16日、沖縄県那覇市で生まれたAwich(本名:浦崎亜希子)。そのアーティスト名は、本名の漢字「亜希子」を直訳した「Asia Wish Child」から作られた造語である。母・米子さんが「アジア大陸のように大きな希望を持つ娘に育ってほしい」と名付けた「亜希子」という名前には、戦争を経験した父の平和への願いも込められていた。
ヒップホップとの出会い
幼い頃から夜が怖く、沖縄のことや宇宙のこと、愛や恋について詞を書いていたAwich。小学4年生から米軍基地内の英会話教室に通い、海外のヒップホップから生きた英語を学んだ。
テレビ番組『ポンキッキーズ』に出演していたスチャダラパーのBOSEをきっかけにヒップホップを知り、14歳でレンタルショップで出会った2Pacのアルバム『All Eyes On Me』を聴いて開眼。2Pacのリリックやインタビューでの発言を書き写したノートを作成するほど、ヒップホップに没頭していった。
壮絶な過去と音楽への回帰
昭和薬科大学附属高等学校を経て、19歳でアメリカ・アトランタに渡ったAwich。インディアナポリス大学で起業学とマーケティング学の学士号を取得し、2008年にはアフリカ系アメリカ人男性と結婚、長女を出産した。
しかし2011年6月、家族で日本に戻り暮らすことを決めていた矢先、夫が銃撃事件に巻き込まれ他界。顔面と心臓を近距離で撃たれるという悲劇的な死だった。
永遠に続くような自問自答の末、Awichは本当に生きることや愛すること、本当に赦すことを見出し、娘と共に沖縄に帰郷。2016年にイベントでKZmに出会い、彼の紹介でChaki Zuluと繋がったことが、本格的な音楽活動再開のきっかけとなった。
Chaki Zuluという天才プロデューサー
静岡県沼津市出身の音楽プロデューサー、作曲家、レコーディング・エンジニアであるChaki Zulu。ギターやコントラバスなどを得意とし、エレクトロ・デュオ「THE LOWBROWS」に所属していた過去を持つ。
2015年にDJを引退し、レーベル『YENTOWN』を創立。現在はプライベートスタジオ『Husky Studio』を経営している。Awichの総合プロデューサーとして、彼女の才能を最大限に引き出す楽曲制作を手がけ、BE:FIRSTやRADWIMPS、ももいろクローバーZなど、幅広いアーティストとの仕事でも知られている。
「どれにしようかな」誕生秘話
角刈り女子高生からの着想
この楽曲の誕生には、意外なインスピレーション源があった。Awichが観ていたYouTubeの動画に、角刈りの女子高生キャラクター・エリナが登場するネタがあり、そのギャルキャラがケーキ屋で「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」と言うシーンがあった。
Awichはそのフレーズに衝撃を受けた。「やば、選択肢は私たちにある、選べるって凄くないですか?」と。社会から「お前は選べねえよ」と言われるような立場にいても、その角刈り女子高生は気にせず堂々と選んでいる。その強さに心を打たれたのだ。
制作過程での変遷
Chaki Zuluとの対談で明かされたところによると、当初はその動画をサンプリングしたバージョンも作られていた。最初はAwichがラップをメインにした楽曲だったが、Chaki Zuluとの話し合いの中で「これはメロディにした方がキャッチーだよね」という結論に至り、歌物に変更。コードを付け、少しずつバージョンアップしていった。
楽曲のコンセプトや音楽性については何度もAwichと話し合い、歌詞と曲を作り直したという。最終的に、女性の自由と選択の権利を歌い上げる、キャッチーでありながらメッセージ性の強い楽曲へと昇華された。
楽曲の核心メッセージ
多様性の肯定と女性の連帯
「どれにしようかな」のテーマは、強さと同時に優しさ、そして多様性を肯定する姿勢だ。楽曲の中では、アンミカ、ちゃんみな(Chanmina)、水原希子(Kiko Mizuhara)といった、様々な分野で活躍する女性たちの名前がシャウトアウトされている。
Awichは語る。「女ってまだ日本のラップの業界では『敵対視してるんじゃないの?』みたいなこと言われたりして。それって幸せの有限性を言っちゃってるというか、『女ひとりしか勝てません』みたいな。『全員カッコいいことやってるしいいじゃん、全員手を取り合って上に上がって行ってもいい』ってことを主張したくて」
特にアンミカについては、Chaki Zuluに教えてもらって本も読んだという。松本人志に「おしぼり褒められますか?」と言われて、「白ってな、200色あんねん」と返す動画を見て、「パンチラインすぎる」と感動したそうだ。
常識を覆す女性たち
歌詞の中で「覆す常識」という言葉が繰り返される。「女は女らしくとか うるせぇんだよ Shut the fuck up」「『可愛い』だけが正義とか、うるせぇんだよ Shut the fuck up」というラインには、社会が女性に押し付ける固定観念への明確な拒絶が表現されている。
「選択肢は私たちにある」というメッセージは、女性だけでなく、社会の中で選択の自由を制限されていると感じるすべての人々への力強いエールとなっている。
アルバム『Queendom』における位置づけ
『Queendom』は、Awichのメジャーデビューアルバムとして2022年3月4日にリリースされた。全13曲で構成されたこのアルバムは、2020年にメジャーにフィールドを移したAwichが、HIPHOPシーンのクイーンであることを名実ともに表明する話題作となった。
「どれにしようかな」はアルバムの8曲目に収録されており、エンディングテーマとして「BEATNIKS」でも使用された。アルバム全体を通して、Awichの壮絶な体験、俯瞰した目線で捉えたリアル、そして愛が吐き出されているが、「どれにしようかな」はその中でも特に前向きで希望に満ちた一曲として位置付けられている。
楽曲の音楽的特徴
Chaki Zuluがプロデュースしたトラックは、トロピカルな要素を含んだキャッチーなサウンドが特徴だ。Awichが沖縄出身ということもあり、トロピカル・アレンジの楽曲は彼女のアルバムに必ず入れている要素だという。
「Follow me」「Revenge」と並んで、「どれにしようかな」もそのトロピカルな雰囲気を持つ楽曲の一つとして制作された。明るく軽快なビートに乗せて、力強いメッセージが届けられる構成は、多くのリスナーに受け入れられた。
社会への影響と反響
「どれにしようかな」は、TikTokなどのSNSでも話題となり、「エーウィッチ姐さんは全国の女の子に希望を与えてます」というコメントが象徴するように、多くの女性たちから支持を得た。
楽曲のメッセージは、単なる女性の権利主張にとどまらず、すべての人が自分の人生を自分で選択する権利を持つべきだという、より普遍的なテーマとして受け止められている。
Awichの音楽スタイル
Awichの特徴は、英語・日本語・沖縄語(ウチナーグチ)をテーマごとに使い分け、時には巧みに織り交ぜてオリジナルなラップで表現するスタイルにある。ルーツの沖縄への熱い想いやHIPHOPシーンの連帯など、メッセージ性が強いリリックも特徴で、喜怒哀楽に溢れたライブパフォーマンスにも定評がある。
「どれにしようかな」でも、そのスタイルは健在だ。日本語をベースにしながら、英語のフレーズを効果的に挿入し、グローバルな視点とローカルな感覚を見事に融合させている。
まとめ
「どれにしようかな」は、Awichというアーティストの魅力が凝縮された楽曲である。角刈り女子高生というユニークなインスピレーション源から始まり、Chaki Zuluとの綿密な制作過程を経て、女性の自由と選択を歌い上げるアンセムへと昇華された。
沖縄から世界へ、そして壮絶な過去を乗り越えて日本のヒップホップシーンのクイーンとなったAwichの物語。「どれにしようかな」という楽曲は、彼女自身が人生の中で数々の選択を迫られながら、常に自分の意志で道を切り開いてきたことの証明でもある。
「選択肢は私たちにある」というメッセージは、今日も多くの人々に勇気を与え続けている。Awichが体現する強さと優しさ、そして多様性を肯定する姿勢は、これからの日本の音楽シーンにとって欠かせない存在となっている。
「どれにしようかな」は、単なる楽曲を超えて、現代社会を生きるすべての人々への力強いエールなのである。



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