Awich「Bad Bad」― 恋の喜びと切なさを歌う、幻想的なラブソング

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2020年8月14日にリリースされたAwich の「Bad Bad」は、メジャーデビュー作となるEP『Partition』からの先行シングル第2弾として発表された楽曲だ。力強いラップで知られるAwichの、柔らかく感情的な一面を垣間見ることができる、彼女の多面的な魅力を示す重要な作品である。

EP『Partition』というコンセプト

「Bad Bad」が収録されたEP『Partition』は、2020年8月21日にユニバーサルミュージックからリリースされた、Awichにとって初のメジャーレーベル作品である。全7曲、約20分という構成で、全ての楽曲をAwichと盟友プロデューサーのChaki Zuluの2人のみで仕上げた、セルフイントロダクション的な立ち位置の作品となっている。

EPのタイトル「Partition」(分割・隔たり)には、皮肉な意味が込められている。Awichは「この世界の全ては繋がっていて、全ては一つである。しかしパンデミックやBlack Lives Matter運動などで、世界は非常に分断されているように見える。人々は互いに距離を置き、お互いを指差すが、全ての人間は一つの種である。このEPの名前は皮肉で、私たちが存在すると信じている全ての隔たりは、人工的に作られたもので本物ではないから」と語っている。

2020年1月にフルアルバム『孔雀』をリリースして以降、海外アーティストとのコラボレーションやBlack Lives Matter運動への参加など、コロナ禍においても活発な活動を続けていたAwichは、この作品でメジャーへとリリースを移すことを発表し、さらなる注目を集めることとなった。

「Bad Bad」が描く恋の複雑さ

Chaki Zuluがプロデュースしたトラックに乗せて、「Bad Bad」は誰かを好きになる時の喜びと切なさを歌った楽曲となっている。Awich自身は「『Bad Bad』は誰かを愛し始めることについての曲。時にそれはあなたを不安定にし、混乱させる。『この人に会う前は幸せだったのに、なぜ今あなたなしではいられないの?』というような感じ。この人があなたの人生に入ってきて、それをひっくり返す」と説明している。

さらに「でも同時に、彼に愛されていると感じるとき、それはあなたを強くする。まるで世界を手に入れられるような気分になる」とも語り、恋愛がもたらす複雑な感情の揺れ動きを表現している。楽曲のリリックには、出会う前は笑えていたはずなのに、寝ても覚めても夢見てしまう、かき乱されるような想いが綴られている。

「Bad Bad」というタイトルは、良くない(Bad)とわかっていても惹かれてしまう、抗えない恋の魅力を表現している。098(沖縄の市外局番)の女として、決して一人ぼっちにはさせないという力強いメッセージも込められており、Awichのアイデンティティが色濃く反映されている。

山田健人が手がけた美しいMV

ミュージックビデオは、前作「Shook Shook」と同様に、音楽シーンで今最も注目されている映像作家・山田健人(dutch tokyo)が監督を務めた。撮影地はAwichの故郷である沖縄。山田監督は「ラッパー、1人の女性、そして母。Awichさんの持つあらゆる側面を沖縄という場所で撮れたことを光栄に思います」とコメントしている。

Awichは沖縄でのロケ地選びを自ら行ったという。「沖縄、私の故郷の島で撮影するときは、いつも自分でロケーションハンティングをする。私はこの島を愛している。それは私の心。以前は映像や映画のプロデュースもしていたから、たくさんの場所を知っているし、たくさんのアイデアがある。自分で島のいろんな場所に行って、監督にアイデアを提示する」と語っている。

ミュージックビデオには、Awichの実の娘である鳴響美(Toyomi Jah’mira)ちゃんも出演している。「私はいつも娘をビデオに出演させている。『Remember』『Kamihikoki』『Ashes』『Gangsta』にも出ている。可能な限り、彼女はそこにいる。『Remember』での最初のカメオ出演から、彼女がどれだけ成長したか見ることができる。『Bad Bad』のビデオに出ている他の人たちも、みんな私の友達」とAwichは説明している。

スタイリングも「Shook Shook」と同じく、数多くの著名アーティストを手がける服部昌孝が担当。幻想的な雰囲気が漂いながらも、ポップな仕上がりのナンバーとなっており、「ラッパー、1人の女性、そして母」というAwichのあらゆる側面を記録した作品となっている。

EP『Partition』の中での位置づけ

EP『Partition』の収録曲は以下の7曲である:

  1. Sign
  2. Shook Shook
  3. Patrona
  4. Revenge
  5. Awake
  6. Good Bye
  7. Bad Bad

先行配信された「Shook Shook」が、Awichのフロウを最も激しく見せる、ベースが轟く荒々しい楽曲だったのに対し、「Bad Bad」はよりスローでバイブスのある側面を見せ、真のマルチファセットなアーティストであることを証明している。

EP全体を通して、Awichの多面的な魅力が詰まっている。オリジナリティ溢れる言葉遊びが秀逸な「Sign」、悲しみの中でも戦う意思を表明した「Patrona」「Revenge」、2020年の世界に渦巻く不安と憎悪について、全てに感謝し許すことを歌った「Awake」、そしてキャッチーで切ないメロディが印象的な「Good Bye」「Bad Bad」。

「Bad Bad」はEPの最後を飾る楽曲として、激しくハードな楽曲群の後に、より柔らかく感情的な余韻を残す役割を果たしている。

詩人としてのAwich

Awichは自身について「私はラッパーである前に、ライター、詩人である」と語っている。「私は毎日書いている。ユニークな考え、一行が浮かんだ瞬間、それを書き留める」という創作スタイルを持つ。

幼い頃から夜が怖く、沖縄のことや宇宙のこと、愛や恋に想像を巡らし、ずっと詞を書いていたというAwich。13歳のときにTupacのアルバム『All Eyes On Me』を聴いて衝撃を受け、Tupacのリリックやインタビュー、映画、書籍が彼女の主要な英語の教科書となった。

「Bad Bad」においても、その詩的な感性は存分に発揮されている。恋に落ちる瞬間の複雑な感情を、日本語と英語を織り交ぜながら繊細に描写する手腕は、まさに詩人としての才能の証である。

メジャーデビューというターニングポイント

2020年、Awichは33歳でユニバーサルミュージックと契約し、メジャーデビューを果たした。それまでにも複数のEPやフルアルバムをリリースしてきた彼女にとって、『Partition』は新たなキャリアのスタート地点となる重要な作品だった。

Red Bullと88risingが共同制作した長編ドキュメンタリー『Asia Rising: The Next Generation of Hip Hop』では、アジアを代表するラッパーとして紹介され、国内外で絶大な支持を集めていたAwich。このメジャーデビューは、彼女の北米を含む国際的な活動範囲の拡大を意味するものでもあった。

2020年8月25日には、スペースシャワーTVが手がけるオンラインライブハウス「LIVEWIRE」でのメジャーデビュー後初のライブ公演「Awich “Partition Live”」を開催。バンドにはSOIL & “PIMP” SESSIONSのメンバーを中心とした強力な布陣で臨み、招待制による無料配信公演として話題を集めた。

沖縄への深い愛

Awichは沖縄について、こう語っている。「私は沖縄で生まれ育った。沖縄は、その文化や変容により、長年日本や周辺アジア諸国から魅力と差別の対象となってきた島。19世紀まで王国だったが、多くの変化を経て、現在は多くのアメリカ軍基地を抱える日本の一部となっている」。

政治的な問題を抱える故郷に対して、Awichは決して目を背けることなく、むしろその複雑な歴史や文化的背景を自らのアイデンティティとして受け入れ、音楽に昇華してきた。「Bad Bad」のミュージックビデオを沖縄で撮影したのも、故郷への深い愛情と、自分のルーツを大切にする姿勢の表れである。

「098 gyal」(沖縄の女)というフレーズが楽曲中に登場するのも、沖縄出身であることへの誇りを示している。Awichにとって、沖縄は単なる出身地ではなく、彼女の音楽性とアイデンティティの中核を成すものなのだ。

まとめ

「Bad Bad」は、Awichの新たな一面を見せた楽曲である。力強いラップで知られる彼女が、恋の喜びと切なさを繊細に歌い上げたこの作品は、彼女が単なるラッパーではなく、真のアーティストであることを証明している。

幻想的なトラック、沖縄の美しい風景、そして実の娘や友人たちが登場するミュージックビデオは、Awichの人生そのものを映し出す鏡のようだ。ラッパー、女性、母親というあらゆる側面を持つAwichの魅力が凝縮された「Bad Bad」は、EP『Partition』の中でも特に感情的で印象深い楽曲として、多くのリスナーの心に残り続けている。

メジャーデビュー作として、新たなステージへと踏み出したAwichの覚悟と、それでも変わらぬ故郷への愛。その全てが詰まった「Bad Bad」は、彼女のキャリアにおいて重要なマイルストーンとなる作品である。

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