はじめに
2012年にリリースされたMC Lukaのアルバム『La Última y Me Voy』(最後にもう一回)に収録された「Cuarto Piso」(4To Piso / 4階)は、メキシコシティのヒップホップシーンを代表するレジェンドによる代表曲の一つだ。
「Cuarto Piso」というタイトルは直訳すると「4階」を意味するが、この楽曲にはメキシコシティの都市生活、ストリート文化、そしてMC Lukaの人生経験が凝縮されている。
MC Lukaというアーティスト
プロフィール
本名: Luis Carlos Fernández Escareño
生年月日: 1971年7月26日
出身地: メキシコシティ(旧メキシコ連邦区)
MC名の由来: Luis Carlos(ルイス・カルロス)の頭文字から「Luka」、別名として「Marihuano Cantante Luis Carlos」(マリファナを歌うルイス・カルロス)とも呼ばれる
カリフォルニアでの目覚め
MC Lukaのラップとの出会いは、カリフォルニア州サンディエゴに住んでいた時期に遡る。アメリカでヒップホップに魅了された彼は、当初は英語でラップをしていた。
しかし当時、アメリカではスペイン語ラップの認知度が低く、普及も限られていた。そこでMC Lukaは故郷メキシコに戻り、スペイン語ラップを広めることを決意した。25歳という比較的遅い年齢でラップを始めたが、その情熱と才能は本物だった。
メキシコヒップホップのパイオニア
1990年代後半、メキシコシティに戻ったMC Lukaは、Petate Funky、Homie GMC(Kartel Aztlán)、Sociedad Caféといった先駆者たちと出会い、「ラップ・チランゴ」(メキシコシティのヒップホップ)のパイオニアの一人となった。
数々のプロジェクト
1997年には、ゲレロ州出身のYoualli Gと「Tetrahidrocannabinol(THC)」というグループを結成。ジャズ、パンク、ヒップホップを融合させた野心的なプロジェクトだったが、メンバーが離れた場所に住んでいたため解散。
1998年には、Sociedad Caféの2 sick(El Enfermo)とDJ Yaxkinと「Chicalangos」を結成。EMIという多国籍企業と契約を結んだが、レーベル側がプロジェクトを凍結したため解散に追い込まれた。
Vieja Guardia(オールド・ガード)の結成
2000年、MC LukaはPetate Funky、Kartel Aztlán、A.N.B.R. CuHuectulと共に「Vieja Guardia」(オールド・ガード)というコレクティブを設立。このメキシコシティのヒップホップ集団は、『Vieja Guardia Volumen I』をリリースし、シーンに大きな影響を与えた。
ソロキャリアの始まり
2001年、MC Lukaは初のソロ作品『Caseramente』をリリース。これは多くの人にとってデモと見なされたが、彼の初の本格的なソロ作品として評価されている。Big Metra、DJ Rags、Petate Funky、Caballeros del Plan Gといった重要なアーティストとのコラボレーションが収録された。
特に「Lupita’s Taco Shop」(メキシコの食文化を讃える楽曲)、「Chicos Malos」(Big Metraとのデュエット)、「Estableciendo Orden」(Caballeros del Plan Gとの楽曲)がヒットした。
当時、MC Lukaは自らメキシコシティの有名な文化的フリーマーケット「El Chopo」でデモを販売していた。この草の根的なアプローチが、彼のストリートからの信頼を確立した。
Reyes del Pulmón(肺の王様)
2006年、MC LukaはGogo RasとKolmilloと共に「Reyes del Pulmón」(肺の王様)を結成。ヒップホップ、レゲエ、カリブ海のリズム、メキシコの民衆文化を融合させたユニークなサウンドを作り上げた。
グループ名が示すように、彼らはマリファナの使用、その効能、技術を支持し、合法化を推進していた。社会批判、伝統、社会的対立といったテーマを明確な立場で表現した。
アルバム『La Última y Me Voy』
「Cuarto Piso」は、2012年にリリースされたアルバム『La Última y Me Voy』(最後にもう一回)に収録されている。このアルバムは、MC Lukaの成熟した音楽性と、長年にわたるメキシコヒップホップシーンでの経験が反映された作品だ。
アルバムには以下のような代表曲が収録されている:
- 「La Vida Es un Rap」(人生はラップ) – 内省的で共感を呼ぶラップスタイル
- 「4To Piso」(Cuarto Piso / 4階) – 都市生活を描写
- 「María Juana」 – メキシコの有名なマリファナ品種へのオマージュ
- 「Mantenlo Real」(リアルを保て) feat. Ali Masare
「Cuarto Piso」の世界観
タイトルの意味
「Cuarto Piso」は直訳すると「4階」を意味する。メキシコシティの集合住宅やアパートの4階という具体的な場所を示すだけでなく、都市生活者の視点、高さから見下ろす街の風景、そして生活の層を象徴している。
メキシコシティの都市生活
MC Lukaの楽曲は常に、メキシコシティでの都市生活のテーマを探求している。困難な環境で育つこと、ストリートの現実、そして都市の底辺で生きる人々の日常が描かれる。
「Cuarto Piso」もまた、メキシコシティの住宅地、特に低所得者が多く住む集合住宅での生活を反映していると考えられる。4階という高さは、地上の喧騒から少し離れながらも、街の現実を見下ろす位置にある——そんな都市生活者の複雑な立場を表現している。
ストリート文化とバリオ(近隣地区)
MC Lukaの音楽には、「バリオ」(近隣地区)の言語、つまりメキシコシティのストリート特有のスラングや表現が豊富に使われている。「Cuarto Piso」もまた、そうした地域に根ざした文化を反映している。
メキシコのヒップホップは、アメリカのギャングスタラップやチカーノラップの影響を受けながらも、メキシコ独自の社会問題、政治批判、文化的アイデンティティを表現する手段として発展してきた。
MC Lukaの音楽スタイル
オールドスクールとトラップの融合
MC Lukaは、オールドスクール・ヒップホップの伝統を守りながらも、トラップなど現代的なサブジャンルを巧みに融合させる能力で知られている。彼の楽曲は、力強いビート、巧みなリリック、キャッチーなフックが特徴だ。
スペイン語と英語のミックス
メキシコシティ出身のMC Lukaは、スペイン語を中心としながらも、時に英語を織り交ぜる「スパングリッシュ」スタイルを取り入れている。これは、アメリカでヒップホップに出会った彼のバックグラウンドを反映している。
リズムとフロウへのこだわり
ヒップホップミュージシャンとして、MC Lukaはリズムとフロウの価値を深く理解している。滑らかなフロウと魅力的なビートが、彼の音楽を際立たせている。
社会的メッセージ
システムへの批判
MC Lukaの楽曲には、政府、社会システム、不正義への批判が頻繁に登場する。「Cuarto Piso」もまた、そうした社会批判の文脈の中にあると考えられる。都市の底辺で生きる人々の視点から、社会の問題を鋭く指摘する。
マリファナ合法化の推進
Reyes del Pulmónでの活動が示すように、MC Lukaはマリファナの合法化を支持する立場を明確にしている。これは単なる嗜好の問題ではなく、個人の自由、医療用途、そして不当な刑事司法制度への抵抗という政治的メッセージでもある。
メキシコの文化と歴史への誇り
MC Lukaの音楽には、メキシコの豊かな文化と歴史への誇りが込められている。伝統的なメキシコ音楽の要素を現代的なヒップホップサウンドと融合させることで、独自のアイデンティティを表現している。
アルバム『Diecinueve Inviernos una Primavera』(19の冬と1つの春)では、ヒップホップビートと伝統的なメキシコのメロディを融合させ、「La Cumbia de la Gorra」のような楽曲でクンビアのリズムを取り入れるなど、文化的融合を追求している。
国際的な活動
MC Lukaは3つのコレクティブに所属している:
- Vieja Guardia(メキシコ)
- Aztec Soulz(メキシコ-アメリカ)
- 1492(フランス)
この国際的なネットワークにより、MC LukaはCaballeros del Plan G、Skool 77、Skalpel de la K-bine、Don-Ksen、DJ Payback García、Erick Santos、Kinto Sol、Arianna Puelloなど、世界中のアーティストとコラボレーションしてきた。
ラジオ番組とメディア活動
MC Lukaは音楽活動だけでなく、ラジオ番組「Triple H Radio」のホストも務めている。Radio Fórmula XEDF-FM 104.1 MHzとXEDF-AM 1500 kHzで毎週土曜日23:00-24:00に放送され、メキシコのヒップホップ文化を広める重要な役割を果たしている。
メキシコヒップホップシーンでの位置づけ
MC Lukaは、1990年代半ばからメキシコシティのヒップホップシーンを牽引してきたパイオニアの一人として、Control Machete、Kartel Aztlán、Homie GMCらと並び、メキシコのラップ・メシャ(メキシカンラップ)の発展に大きく貢献してきた。
30年以上にわたる活動を通じて、メキシコのヒップホップは単なる「ストリート」や「プロテスト音楽」から、世界中に何百万人ものファンを持つ音楽ジャンルへと成長した。MC Lukaは、そのリリックの創造性で国内だけでなく国際的なシーンでも活躍し、メキシコのヒップホップを世界に知らしめてきた。
おわりに
MC Luka「Cuarto Piso」は、メキシコシティの4階から見下ろす都市の風景と、そこで生きる人々の物語を描いた楽曲だ。
カリフォルニアでヒップホップに出会い、25歳でラップを始め、メキシコに戻ってスペイン語ラップを広めた。EMIとの契約の失敗、Vieja Guardiaの結成、Reyes del Pulmónでの活動——数々の挫折と成功を経験しながらも、MC Lukaは一貫してメキシコのヒップホップシーンを牽引し続けてきた。
「ラップは何かをするもの。ヒップホップは何かを生きるもの」——KRS-Oneの言葉を引用しながら、MC Lukaは若い世代に「愛でやれ」とメッセージを送る。お金も大切だが、それを目的にすると本質が変わってしまう。歌詞に力を入れ、読書し、旅をし、学び、自分が語ることを理解しろ——そして、とにかくやれ。
ラップは年齢に関係なく、誰でも始められる。それは有名になるためだけではなく、自分を解放する手段なのだ。MC Lukaが25歳でラップを始めたように、いつでも遅くはない。
メキシコシティの4階から、MC Lukaは今も世界に向けてメッセージを発信し続けている。「Cuarto Piso」は、メキシコヒップホップのレジェンドによる、都市生活と人生の物語なのだ。



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