はじめに
2022年5月27日、日本のヒップホップシーンに衝撃が走った。DJ TATSUKIが国民的歌姫・美空ひばりの名曲「東京キッド」(1950年)を公式サンプリングし、KANDYTOWNのIO、YENTOWNのMonyHorseを客演に迎えた「TOKYO KIDS」をリリースしたのだ。
美空ひばりの楽曲がオフィシャル・サンプリングされるのは初めて、さらにヒップホップとのコラボも初という歴史的な一曲。iTunes StoreのHip-Hop/Rapチャートで3位、Spotify Daily Viral Songsで35位にランクインし、YouTube総視聴回数は900万回以上を記録した。
70年以上の時を超えて、戦後の東京を歌った少女と、現代の東京を生きるラッパーたちが共演する。これはまさに、世代を超えた「東京アンセム」の誕生である。
楽曲基本情報
楽曲タイトル: TOKYO KIDS (feat. IO & MonyHorse)
アーティスト: DJ TATSUKI feat. IO & MonyHorse
リリース日: 2022年5月27日
プロデュース: DJ TATSUKI & MET as MTHA2
長さ: 3分32秒
サンプリング: 美空ひばり「東京キッド」(1950年)
DJ TATSUKIというアーティスト
DJ TATSUKIは1989年1月27日生まれ、東京都杉並区井荻出身のDJ/音楽プロデューサー。盟友DJ CHARIとともに日本のクラブシーンを揺らし続けている存在だ。
IO – KANDYTOWNの中心人物
IOは1990年生まれ、東京都世田谷区喜多見出身のラッパー。2023年に活動を終了したKANDYTOWNのメンバーであり、世界的名門レーベルDef Jam Recordingsとの契約を果たした実力派だ。
音楽との出会い
父親がディスコ世代で、R&BやソウルをよくかけていたIOは、自然と音楽に親しむ環境で育った。14歳の頃、幼馴染でKANDYTOWNのメンバーだったYUSHI(2015年に急逝)の影響でラップの世界に足を踏み入れる。
多彩な才能
ラッパーとしてだけでなく、クリエイター集団BCDMGに所属し、アートディレクター、ビジュアルクリエイターとしても活動。さらにファッションモデルとしても活躍し、DIORHOMMEのコレクションモデルも務めた。
彫りの深い顔立ちからハーフと思われることも多いが、純粋な日本人。「黒人になりたさ過ぎて、顔がどんどん変わっていった」と語るほど、ヒップホップへの愛が深い。
ソロキャリア
2016年に1stソロアルバム『Soul Long』でデビュー。2019年には2ndアルバム『Player’s Ballad.』をDef Jam Recordingsからリリースし、日本のヒップホップ界における地位を確立した。
MonyHorse – フィリピンから東京へ
MonyHorseは1994年フィリピン生まれ、東京都北区王子育ちのラッパー。MONYPETZJNKMNのメンバーであり、YENTOWNにも所属する実力派だ。
壮絶な生い立ち
フィリピンで生まれたMonyHorseは、父親が覚醒剤中毒という環境で育った。母親は出稼ぎに出ていてあまり会えず、幸せとは言えない生活を送っていた。
両親の離婚後、母親と一緒に日本に移住。東京都北区王子の団地で、同じ団地に住んでいたKOHH(千葉雄喜)と運命的な出会いを果たす。
KOHHとの出会い
当時洋楽を聴いていたMonyHorseは、ラップに興味を持ち始めてKOHHに連絡を取り、リリックの書き方や韻の踏み方をイチから教わった。2012年、18歳の時にKOHHとの共作「We Good」をリリースし、日本のヒップホップシーンから一躍脚光を浴びる。
独自のラップスタイル
MonyHorseの特徴は、シンプルなワードチョイスと脱力感のある”イル”なフロウ。「初心者でも分かりやすい」ことを意識し、普段使わない言葉を無理して使うより、簡単でシンプルなワードを使うことを大切にしている。
現在は大阪を拠点に活動し、三軒茶屋でチキンバーガー専門店「MONICHIKI HOUSE(モニチキ)」もプロデュースするなど、音楽以外でも活躍している。
「東京キッド」との出会い
DJ TATSUKIが美空ひばりの「東京キッド」と出会ったのは、幼少期の祖母の家だった。
「子供の頃、おばあちゃんの家で美空ひばりさんの『東京キッド』が流れていた記憶があります」とTATSUKIは語る。新型コロナウイルスの感染拡大直後、久しぶりにこの曲を聴き直した時、1950年代の曲とは思えないほど新鮮に感じたという。
「このサンプリングを使い、僕が育った東京の『いきでおしゃれでほがらか』な部分を世に発信したい」という思いから、「TOKYO KIDS」の制作が始まった。
ZEEBRAを介した許諾取得
美空ひばりの楽曲をサンプリングするにあたり、DJ TATSUKIはZEEBRAを介して美空ひばりの息子・加藤和也氏に手紙を送った。するとすぐに快諾の返事が届いたという。
加藤和也氏は後に、このサンプリングについて以下のようにコメントしている。
「DJ TATSUKI氏が70年も前の『東京キッド』を再発見し、こんなにも素敵にリメイクしてくれた事にまずは感謝したいと思います。戦後5年の荒廃の中、得意の歌で明るく生き抜く少女の役どころと母の歌は、明るい戦後の幕開けを感じさせたと評されます」
「実は本人は純粋に『遊ぶ』ような気持ちで生涯音楽を楽しんでいたように感じます。そんな私のイメージが、この『TOKYO KIDS』の歌詞にリンクして楽しくなります。他ジャンルのミュージシャンとの交流が好きだった母の事ですし、もし存命でしたら、このカッコいいMVには『今の姿の私でも少し出して』と言ったに違いないと想像して笑ってしまいます」
歌詞の世界観
「TOKYO KIDS」の歌詞は、東京で生きる若者たちの「いきでおしゃれ」な日常を描いている。
IOのヴァース
IOは世田谷区喜多見出身らしく、「I from 03 swing like 長嶋」と東京(03)を代表する野球選手・長嶋茂雄になぞらえてラップ。「稼ぐイージーYen 数えるgold digger」と、東京で稼ぐことの楽しさを表現している。
「俺のhotなbaby like 美空ひばり」という一節では、美空ひばりへのリスペクトを示しながら、自分の愛する女性を讃えている。
MonyHorseのヴァース
MonyHorseは「TOKYO23区 北区 世田谷」と、自身のルーツである北区王子から始め、「Original spice オレ達はdaddy」と東京のストリートで生きる者としての矜持を表現。
「BeefよりMONICHIKI食べ来なさい」という一節では、自身がプロデュースするチキンバーガー店をさりげなくPR。ビーフ(抗争)よりも食事を楽しもうという、平和的なメッセージも込められている。
「東京都北区王子アツい街」と地元への愛を語り、「キョウコフカダ地元同じ ユウキチバも地元同じ」とKOHHへの言及も。
ミュージックビデオの世界観
HAVIT ART STUDIOが手がけたミュージックビデオは、松竹から提供を受けた映画『東京キッド』に出演する美空ひばりの映像を使用している。
戦後混乱期の東京の街で歌う幼き美空ひばりの姿が、タイムスリップして現代のDJ TATSUKIたちとコラボするような仕掛けの映像になっている。ヴィンテージなグレートーンの映像が、新旧の東京を見事に融合させている。
リミックスバージョン
2022年11月19日には、ZeebraとNo Chainz(般若)を客演に迎えたリミックスバージョン「TOKYO KIDS (Remix) feat. Zeebra & 般若」もリリースされた。
日本語ラップの重鎮であるZeebraと般若が参加することで、さらに世代を超えたコラボレーションとなり、両バージョン共にiTunes Hip-Hop/Rapチャートで1位を記録した。
文化的意義
「TOKYO KIDS」は、単なるヒップホップの楽曲を超えて、日本の音楽史における重要な作品となった。
世代を超えた架け橋
1950年に戦後の東京を歌った美空ひばりと、2022年の東京を生きるラッパーたちが時を超えて共演。70年以上の時間を超えて、東京への愛が受け継がれた瞬間だ。
オフィシャル・サンプリングの意義
美空ひばりの楽曲が初めてオフィシャル・サンプリングされ、さらにヒップホップとコラボしたという事実は、日本の音楽シーンにおいて画期的な出来事だった。これにより、ヒップホップという文化が日本において正当に認められたとも言える。
東京という街の表現
「いきでおしゃれでほがらか」——1950年の東京も、2022年の東京も、本質的には変わらない。時代が変わっても、東京で生きる人々の精神は受け継がれている。
おわりに
DJ TATSUKI「TOKYO KIDS feat. IO & MonyHorse」は、美空ひばりという国民的歌手と現代のヒップホップアーティストを繋ぐ、歴史的な楽曲となった。
祖母の家で聴いた懐かしい記憶から始まり、ZEEBRAを介した美空ひばり家族への手紙、そして快諾。KANDYTOWNのIOと、YENTOWNのMonyHorseという東京を代表する二人のラッパーを客演に迎え、MET as MTHA2と共にプロデュース。
戦後の焼け野原から立ち上がった東京を歌った少女と、現代の東京で生きるラッパーたちが、70年の時を超えて共演する。それは、東京という街が持つ「いきでおしゃれでほがらか」な精神が、世代を超えて受け継がれていることの証明だ。
「遊んでるだけ昔から」——美空ひばりも、DJ TATSUKIも、IOも、MonyHorseも、音楽を純粋に楽しんでいる。その姿勢こそが、時代を超えて人々の心に響く理由なのだろう。



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