はじめに
福岡・野芥を拠点とする若手ラッパーDADA(ダダ)。2021年にリリースされたファーストアルバム『Yours』に収録された「DOWN」は、彼のもう一つの側面を見せる楽曲だ。「High School Dropout」がストリート育ちの少年の生き様を描いた作品だとすれば、「DOWN」は愛と孤独、そして逃避の狭間で揺れる若者の内面を赤裸々に綴った、エモーショナルなラブソングである。
アルバム『Yours』における「DOWN」の位置づけ
『Yours』は全8曲で構成されたDADAのファーストアルバムだ。レコーディングからマスタリングまで自身で作品のプロデュースを全て手掛け、エモーショナルな雰囲気でDADAの今までの経験、育ってきた環境、そして現状をリアルに表現した作品となっています。
収録曲は以下の通り:
- Void (Intro)
- UGLY ME
- DOWN
- Enemy (feat. AZU)
- Hate You (feat. QINCE)
- Hate Me
- mama said love you
- High School Dropout
アルバムの3曲目に配置された「DOWN」は、イントロとUGLY MEを経て、聴き手をDADAの内面世界へとさらに深く誘う役割を果たしている。
「DOWN」が描く世界観
「DOWN」は、時間やお金といった「数字」から解放され、愛する人と二人きりの時間を過ごす若者を描いた楽曲だ。しかしその世界は決して甘美なだけではない。孤独への恐怖、マリファナによる逃避、そして友人の死という影が、常に二人の関係に暗い影を落としている。
楽曲のフックで繰り返される「数字のことなんて忘れて」というフレーズは、現実世界の制約から逃れたいという切実な願望を表している。時間、お金、そして社会的な価値観。それらすべてを「ただの数字」として無視し、愛する人との時間だけを大切にしたいというDADAの想いが込められている。
孤独という毒
楽曲の中で何度も繰り返されるのが「1人は嫌い」「1人は危ない」というフレーズだ。一人でいると「考え込んじゃう」「体に毒嫌な想像」が湧いてくる。おそらくそれは、友人の死についてだろう。「あいつが死んだ理由とか探している頭」というラインから、DADAが親しい人物を失った経験を持つことがわかる。
一人でいることの危険性。それは、ネガティブな思考の連鎖に囚われてしまうことだ。だからこそDADAは、愛する人と一緒にいることで、その思考から逃れようとする。
マリファナと逃避
楽曲の中盤では、「マリファナを吸って俺の横でくつろぐ彼女」という描写が登場する。高層階の部屋から「人がゴミのよう」に見える風景。働く人々が足早に歩く歩道。そんな現実世界から距離を置き、二人だけの世界に没入しようとするDADA。
「俺はシラフのまま」というラインが興味深い。彼女はマリファナを吸っているが、DADAはシラフのままだ。それでも「気がつけば朝 眠くないから 戯れたいなまだ」と、現実逃避の時間を延長しようとする。
物質的な愛の表現
「濡れてる俺の指 ダイヤじゃなくpussy」という直接的な表現の後、DADAは「もっと買ってあげたいDiorとか お前に似合うものだけど」と続ける。ここには、愛する人に物質的なものを与えたいという欲望と、それができない現実とのギャップが表れている。
「High School Dropout」で描かれた、家計を支えるために高校を中退せざるを得なかった少年。その彼が、愛する人にDiorやGucciを買ってあげたいと願う。しかし現実には、それはすぐには叶わない夢なのだろう。
「時間もお金もただの数字にできれば」というラインには、経済的な制約から解放されたいという切実な願いが込められている。
時計を気にする彼女
興味深いのは「時計を気にするお前見たくない お前見たくないよ」というフレーズだ。彼女は時間を気にしている。おそらく家に帰らなければならない時間、あるいは外の世界での約束があるのだろう。
「まだ俺たち裸のまま 心配しているお前のママ だけどそんなの どうでもよくなるくらい」というラインからは、若いカップルが直面する現実的な制約が見て取れる。彼女の母親は心配している。しかしDADAにとって、そんなことは「どうでもよくなるくらい」、彼女との時間が大切なのだ。
エモーショナルなサウンドスケープ
「DOWN」の楽曲としての特徴は、そのメロウでエモーショナルなサウンドにある。「High School Dropout」のようなハードなトラップビートとは対照的に、「DOWN」はよりR&B的なアプローチが取られている。
DADAの声質も、この楽曲では柔らかく、時に切なげに響く。フックの部分でのメロディアスなフロウは、彼のラッパーとしての多様性を示している。
NokeyBoyzというバックグラウンド
DADAは福岡県に拠点を置くクルー【Nokey Boyz】のメンバーでありリーダーで、小学校から中学、高校までと地元のメンバーで結成されたクルーです。
野芥(のけ)という地元で育った仲間たちとの絆。その中で、DADAは音楽を作り続けてきた。DADAの家がスタジオになっており、後輩とかも毎日一緒にいるという環境で、弟の太郎忍者ではない別の弟や、一緒に住んでいる1つ下の後輩ラッパーと3人で、朝方4時くらいから夜まで、ずっとフリースタイルをしていたこともありました。
そんな環境の中で生まれた「DOWN」は、仲間たちとの日常とは異なる、より私的で親密な関係性を描いた作品だと言えるだろう。
『Yours』というタイトルの意味
アルバムタイトルの『Yours』は「あなたのもの」という意味だ。このアルバム全体が、誰かに向けられたメッセージであることを示唆している。
「DOWN」もまた、愛する彼女に向けられた歌だ。「お前俺のもん」という独占欲と、「時間もお金もただの数字にできれば」という願望。そのすべてが、彼女への想いの表れなのだ。
DADAのキャリアにおける「DOWN」
「DOWN」は『Yours』アルバムの中で2番目に再生回数が多い楽曲となっており、30万回以上のリスニングを記録しています。「High School Dropout」に次ぐ人気曲として、DADAのファンに愛され続けている。
2021年のデビュー以降、DADAは着実にキャリアを積み重ねてきた。2023年にはWatsonを客演に迎えた「Satsutaba」をリリースし、BAD HOPのラストアルバムにも参加。2024年にはEric.B.Jrの『EASTSIDEBABY』に客演として参加するなど、日本のヒップホップシーンにおける存在感を高めている。
おわりに – 愛と逃避のバラード
「DOWN」は、ストリートラッパーDADAの持つ、もう一つの顔を見せる楽曲だ。ハードな生い立ちを描いた「High School Dropout」とは対照的に、この曲では若者としての脆さ、愛への渇望、そして現実からの逃避願望が赤裸々に表現されている。
孤独を恐れ、友人の死を引きずり、それでも愛する人と一緒にいることで救いを求める。時間やお金という「数字」から解放され、ただ二人きりの時間を大切にしたい。そんなシンプルで切実な願いが、この楽曲には込められている。
福岡・野芥から全国へ。DADAの音楽は、同じような境遇にいる若者たちの心に深く響き続けている。「DOWN」は、愛と孤独、そして逃避の狭間で揺れる若者たちへの、静かな応援歌なのだ。
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