はじめに
2012年8月8日、MC漢とDJ琥珀によるミックスCD「MURDARATION」がリリースされました。この作品の6曲目に収録されているのが「M.M.I.」です。日本のギャングスタ・ラップを代表するこの楽曲について、その背景と魅力を深く掘り下げていきます。
MC漢というアーティスト
漢(1978年6月7日生まれ)は、新潟県長岡市生まれ、東京都新宿区育ちの日本のヒップホップMCです。MCネームの「漢」は不動明王を表す梵字の読み「カーン」、「GAMI」は幼少期の渾名「ガミちゃん」から来ています。
2000年にヒップホップクルーMS CRU(現:MSC)を結成し、2002年には『B BOY PARK 2002 MC BATTLE』で優勝。2005年からは日本最大級のMCバトル大会『ULTIMATE MC BATTLE』を立ち上げ、2015年からはテレビ朝日『フリースタイルダンジョン』の初代モンスターとして、日本のヒップホップシーンを牽引してきました。
鎖グループ設立と「MURDARATION」
2012年5月、漢は約10年間所属したLibra Recordsから独立し、自身のレーベル「9SARI GROUP(クサリグループ)」を設立しました。同年8月8日には株式会社鎖グループを正式に設立し、その第一弾作品として「MURDARATION」をリリースします。
アルバムタイトル「MURDARATION」は直訳すると「フルボッコ」。漢自身の言葉を借りれば「リスナーが待ちに待った我々の耳(期待)なんてものは軽くボコボコにしてくれる」という挑戦的なメッセージが込められています。収録曲のほぼ100%が新曲で、1stアルバム『導〜みちしるべ〜』(2005年)以来6年ぶりの実質的なセカンドアルバムとなりました。
全16曲で構成されたこの作品は、MC漢の新曲を盟友DJ琥珀がミックスした斬新なスタイルで、フリースタイルやライブバージョンも含まれています。
「M.M.I.」の魅力
楽曲の構成
「M.M.I.」はアルバムの中盤、6曲目に配置された楽曲です。トラックはDJ KOHAKU(琥珀)がプロデュースし、リリックはMC漢が担当しています。タイトルの「M.M.I.」については公式な解説はありませんが、MC漢のアイデンティティや信念を表現していると考えられます。
リリックに込められたメッセージ
この曲の核心をなすのが「間違いがあるとしたら答えは唯一つ それは俺がMICを握るラッパーであるこの事実」というラインです。ストリートでの様々な経験を経ても、彼にとって絶対に譲れないのは「ラッパーである」というアイデンティティ。これが何よりも大切な拠り所であることを力強く宣言しています。
また「システムのなか 嫌でもクラシックを残す 俺のリリックのpower」というラインでは、社会のシステムの中で生きながらも、自身の音楽が後世に残るクラシックとなることへの確信が表現されています。
歌詞全体を通して描かれるのは、警察との緊張関係や、新宿のストリートで生きる者のリアルな日常です。しかし漢が描くのは単なる自慢話ではなく、ストリートで生きる者の虚無感や葛藤も滲み出ています。
サウンドとスキル
DJ KOHAKUのトラックメイキングは、オーガニックで豊かな質感を持っています。過度に攻撃的ではなく、むしろ叙情的ともいえるビートの上で、漢の鍛え上げられたフロウが展開されます。頭韻と脚韻を自在に操る漢のラップスキルは、長年のキャリアで培われた技術の結晶です。
リスナーの評価
アルバムに対する評価は賛否両論です。高評価をしたリスナーは、MC漢が新宿のストリートの現実を生々しく描き出していることを評価。ギャングスタ・ラップが日本でリアルに成立していることに驚きを示しつつ、ラップのスキルに圧倒されたと述べています。オーガニックなトラックと鍛え上げられたスキルが、聴いていて心地良くカッコいいという声もあります。
一方で、一曲の長さが短く内容が薄い、似たようなテーマの繰り返しといった批判的な意見も存在します。しかしこれは、MIX CDというフォーマットの性質上、どこから聴いても楽しめる構成を意図した結果とも解釈できます。
MC漢のリアリティ
漢はデビュー当時からハスラーを標榜し、新宿のリアルストリート系ラッパーとして活動してきました。しかし重要なのは、彼がストリートビジネスで得られる金を「都会の片隅で見るちっぽけなサクセス」と表現している点です。また「無茶な喧嘩やバイクで死んでいったMY MEN」について言及するなど、ストリートで失われた仲間への思いも滲ませています。
漢自身は後年のインタビューで「俺がリアルにこだわるのは、助かるための武器だから」と語っています。自分の経験と真実を歌うことが、彼にとって生き延びるための方法だったのです。
逮捕と再出発
2020年5月2日、漢は大麻取締法違反で逮捕されました。これを受けて彼は鎖グループの代表取締役を辞任。「MC漢からラップを取ったら何も残りません」「ラッパーを目指した頃の初心に帰り、1人のアーティストとしてやり直しをさせていただきたい」と宣言しました。
この言葉は、2012年の「M.M.I.」で歌われた「間違いがあるとしたら答えは唯一つ それは俺がMICを握るラッパーであるこの事実」というラインと見事に呼応しています。どんな困難に直面しても、彼にとってラッパーであることは変わらない真実なのです。
まとめ
「M.M.I.」は、MC漢のキャリア全体、そして人生そのものを象徴する楽曲です。ストリートのリアル、音楽への情熱、ラッパーとしてのプライド、そしてクラシックを残すという野心。DJ KOHAKUの洗練されたトラックと、漢の磨き上げられたリリックが融合し、日本のギャングスタ・ラップの傑作が生まれました。
2012年から10年以上が経過した今でも、この楽曲は色褪せることなく、新しいリスナーに衝撃を与え続けています。それこそが、漢自身が歌った通り「システムのなか 嫌でもクラシックを残す」という言葉の実現なのです。
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