はじめに
MC漢の楽曲の中でも特に重要な位置を占める「I will show U」。この曲は2011年3月24日に「I will show you」というタイトルでiTunes限定シングルとして先行リリースされ、その後2012年のアルバム「MURDARATION」に「I will show U」として再収録されました。新宿のストリートで生きる者の現実を生々しく描いた、MC漢の代表曲の一つです。
楽曲の成り立ち
先行シングルとしてのリリース
2011年3月24日、漢はシングル「I will show you」をiTunes限定で発売しました。これは当時としては珍しいデジタル配信のみのリリースで、「2ndアルバムの先行シングル」として位置づけられていました。
その約1年後の2012年8月8日、この楽曲は「I will show U」というタイトルでミックスCD「MURDARATION」に収録されることになります。タイトルの変更は、よりストリート感を強調するためのスタイリスティックな選択だったと考えられます。
プロデューサーMALIK
トラックを手がけたのはプロデューサーのMALIKです。MALIKは同アルバムで「イルシット」や「インナー・シティー・ブルース feat. AXIS」のトラックも担当しており、MC漢の音楽性を理解した重要なプロデューサーの一人です。
MALIKが作り出すビートは、ハードコアでありながらも洗練されたサウンドが特徴。「I will show U」でも、ストリートの緊張感を表現しつつ、聴きやすさも兼ね備えたトラックに仕上がっています。
歌詞が描くストリートライフ
新宿の街の現実
この曲の冒頭部分では、新宿という街の現実が強烈に描かれます。現金がものを言う世界、警察に捕まる仲間を見て正気を保つ日常、そして常に新しい居場所を探し続けるストリートの生活。漢は「日の当たらない場所を照らす それがストリートライフ」と表現し、自分の使命を明確にしています。
街を歩けばチンピラに絡まれ、金と女と暴力がこの街の原動力となっている。漢はこうした現実を「運命の悪戯が交差した」という綺麗事では片付けられない、男たちの生き様として描いています。
犯罪都市の日常
歌詞の中盤では、裏社会のビジネスがより具体的に描写されます。違法な商売で利益を上げる者たち、表向きはPTAや町内会を総括しながら裏では犯罪に手を染める人々。漢はこの二面性を持つ犯罪都市の実態を「サクサクとサクセス」と皮肉を込めて表現しています。
また「総理大臣すらもきっと俺の意見に集中」というラインには、ストリートで生きる者の強い自負と、社会に対する挑戦的な姿勢が表れています。
失われた仲間への思い
この曲で特に印象的なのが、失われた仲間への言及です。漢は「無茶な喧嘩やバイクで死んでいったMY MEN」と歌い、ストリートで命を落とした仲間たちのことを忘れていません。
この一節には、表面的なギャングスタ・ラップとは異なる、深い感情が込められています。暴力や犯罪を美化するのではなく、その中で失われた命への追悼と、生き残った者としての使命感が感じられます。
楽曲の音楽的特徴
MALIKのトラックメイキング
MALIKが作り上げたこの曲のビートは、ミニマルでありながら強力なインパクトを持っています。シンプルなドラムパターンと重低音が、新宿の夜の緊張感を見事に表現しています。
過度に装飾的ではなく、MC漢のリリックを最大限に引き立てるトラック構成。これはプロデューサーとしてのMALIKの手腕を示すものであり、ラッパーとの信頼関係があってこそ生まれる作品といえます。
MC漢のフロウとスキル
この曲でのMC漢のラップは、彼のキャリアの中でも特に優れたパフォーマンスの一つです。頭韻と脚韻を巧みに織り交ぜながら、ビートに完璧に乗るフロウ。長年のキャリアで磨き上げられた技術が、この曲では存分に発揮されています。
特に注目すべきは、ストーリーテリングの技術です。単なる韻の羅列ではなく、新宿のストリートという舞台設定の中で、具体的な情景を描きながら物語を展開していく構成力は見事というほかありません。
アルバム「MURDARATION」における位置づけ
「I will show U」は、アルバム「MURDARATION」の8曲目、ちょうど中盤からやや後半にかけての位置に収録されています。これは意図的な配置と考えられます。
アルバムの序盤で新宿のストリートの現実を提示し、中盤で「M.M.I.」によってラッパーとしてのアイデンティティを宣言した後、「I will show U」でさらに深くストリートライフの実態に踏み込んでいく。このような流れが、アルバム全体に物語性を与えています。
「I will show you」から「I will show U」へ
タイトル変更の意味
2011年の先行シングル版は「I will show you」という正式な英語表記でしたが、2012年のアルバム収録版では「I will show U」というストリートスラング的な表記に変更されました。
この変更は単なる表記の違いではなく、より直接的でストリート感のある表現への転換を意味しています。「you」を「U」と表記することで、よりカジュアルで挑戦的なニュアンスが加わりました。
内容の変化
先行シングル版とアルバム版では、ミックスや細部のアレンジに若干の違いがあると考えられます。DJ琥珀によるミックスが加わったアルバム版は、より洗練された仕上がりになっています。
MC漢のメッセージ
リアリティへのこだわり
この曲が多くのリスナーに支持される理由は、そのリアリティにあります。漢は自分が経験したこと、見てきたことを正直に歌います。それは時に法に触れる内容も含まれますが、だからこそ説得力があるのです。
漢が後年語った「俺がリアルにこだわるのは、助かるための武器だから」という言葉は、まさにこの曲の本質を表しています。自分の真実を歌うことが、彼にとっての生き延びる術なのです。
ストリートへの愛と批判
「I will show U」には、新宿のストリートへの複雑な感情が表れています。それは単純な愛や誇りではなく、現実を見つめた上での冷静な観察と、そこで生きる者としての誇りが混在しています。
暴力や犯罪に満ちた世界でありながら、そこには確かに人間の生き様がある。漢はその両面を描くことで、ストリートの真の姿を浮き彫りにしています。
他の楽曲との関連性
「M.M.I.」との呼応
アルバム内で「M.M.I.」と「I will show U」は対をなす楽曲といえます。「M.M.I.」が「俺がMICを握るラッパーであるこの事実」という内面的なアイデンティティの宣言であるのに対し、「I will show U」は外の世界、つまりストリートの現実を描いています。
この二つの曲を通して、MC漢というラッパーの全体像が浮かび上がってくるのです。
「紫煙」との系譜
MC漢の代表曲「紫煙 feat. MAKI THE MAGIC」(2005年)もストリートライフを描いた名曲ですが、「I will show U」はその系譜を受け継ぎながら、より成熟した表現になっています。
2005年から2011年の間に積み重ねた経験が、この曲の深みを生み出しているといえるでしょう。
まとめ
「I will show U」は、MC漢のキャリアにおいて重要な転換点を示す楽曲です。2011年の先行シングルとしてのリリース、そして2012年のアルバム「MURDARATION」への再収録。この流れは、漢がLibra Recordsから独立し、鎖グループを設立する過程と重なっています。
MALIKの洗練されたトラックと、MC漢の研ぎ澄まされたリリックが融合したこの曲は、日本のギャングスタ・ラップの金字塔の一つです。新宿のストリートで生きる者の現実、失われた仲間への思い、そしてその中で音楽を作り続ける使命感。これらすべてが、この一曲に凝縮されています。
10年以上が経過した今でも色褪せることのないこの曲の魅力は、MC漢が描いた世界のリアリティと、普遍的な人間ドラマにあります。「I will show U」は、単なる一曲ではなく、MC漢というアーティストの魂の記録なのです。
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