はじめに
2025年2月21日、日本のヒップホップシーンを代表するラッパーSEEDAが、シングル「Daydreaming pt.2」をリリースした。この楽曲は、2006年の名盤『花と雨』に収録された「Daydreaming」の続編として制作され、約19年の時を経て新たな形で蘇った作品だ。オリジナル版を知るファンにとっては感涙ものの再訪であり、新世代のリスナーにとってはSEEDAの世界観に触れる絶好の機会となっている。
楽曲の背景と制作意図
本作は、SEEDAがソロ名義では約13年ぶりにリリースする11thアルバム『親子星』からの第2弾先行シングルとして発表された。第1弾の「SLICK BACK (feat. Tiji Jojo, Myghty Tommy & LEX)」が2月14日に配信開始されたのに続き、わずか1週間後という短いスパンでのリリースとなった。
オリジナルの「Daydreaming」は、SEEDAのキャリアにおいて最も重要なアルバムの一つである『花と雨』に収録された楽曲だ。このアルバムは2006年にBach Logicの総合プロデュースによりリリースされ、日本のヒップホップシーンに大きな衝撃を与えた。早逝した姉への思いを込めたタイトル曲「花と雨」をはじめ、内省的で詩的なリリックが特徴の作品集となっている。
「Daydreaming」というタイトルが示すように、オリジナル版は東京という街の異様さ、コンクリートジャングルで生きることの空虚さ、そして夢と現実の狭間で揺れる心情を描いた楽曲だった。ネオンに照らされた東京の夜、缶コーヒーを買う余裕もない貧しさ、それでも何か特別なものを求める心――そんな等身大の感情が綴られていた。
サウンドとプロダクションの進化
「Daydreaming pt.2」では、オリジナル楽曲でも使用された素朴なピアノフレーズが印象的に用いられている。しかし、2006年版とは大きく異なり、このピアノフレーズが現代的なトラップビートに乗せられているのが最大の特徴だ。
プロデュースを担当したのはKM。共同制作者としてGoto Shunya、D3adStock、DJ Ozzyもクレジットされており、複数のクリエイターによる綿密な作り込みが感じられる仕上がりとなっている。
トラップビートという選択は非常に興味深い。2006年当時はまだトラップがメインストリームではなかった時代だが、2020年代の日本のヒップホップシーンではトラップが完全に定着している。この19年間のシーンの変化を象徴するようなサウンドメイキングと言えるだろう。
オリジナル版が持つ情緒的で内省的な雰囲気は保ちながら、重厚なベースラインと鋭いハイハットが加わることで、より現代的でエッジの効いたサウンドへとアップデートされている。SEEDAのエモーショナルなラップは、このモダンなビートの上でより力強く響き渡る。
SEEDAというアーティストの軌跡
SEEDAを語る上で、その生い立ちは欠かせない。1980年11月17日に東京都で生まれた彼は、3歳から小学5年生までイギリス・ロンドンで育った。この海外生活の経験が、後の彼の音楽性を決定づけることになる。
英語と日本語を巧みに織り交ぜたバイリンガルスタイルは、SEEDAの最大の武器となった。単に二言語を使うだけでなく、それぞれの言語が持つリズムやニュアンスを活かしながら、独自のフロウを生み出していった。このスタイルは、日本のヒップホップシーンにおける表現の幅を大きく広げたと評価されている。
キャリアの始まり
1996年、16歳の頃にラップグループManeuvaに参加したのがSEEDAのキャリアのスタートだった。当初はメインMCではなかったものの、ここでラップの基礎を学んでいく。
1999年、19歳という若さでSHIDA名義での1stアルバム『デトネイター』をリリース。プロデュースは盟友となるI-DeAが担当した。この時から既に、後のSEEDAスタイルの萌芽が見られた。
2003年には川崎を拠点とするヒップホップグループSCARSに加入し、アンダーグラウンドシーンでの活動を本格化させていく。
「花と雨」での飛躍
SEEDAのキャリアにおける最大の転換点は、2006年の『花と雨』だった。このアルバムは、それまでのアンダーグラウンドな活動から一歩踏み出し、より広いリスナー層にSEEDAの音楽を届ける契機となった。
Bach Logicという、EXILE・安室奈美恵なども手がけるトップクラスのプロデューサーとの全面コラボレーションは、SEEDAのラップスキルを最大限に引き出すことに成功した。早逝した姉への思いを込めたタイトル曲「花と雨」は、多くの人々の心を打ち、今なお語り継がれる名曲となっている。
スタイルの変遷
SEEDAの特徴の一つは、キャリアの時期によってラップスタイルが変化していることだ。デビュー当初は荒っぽいストリートライフを、早口の英語を駆使したバイリンガルスタイルで表現していた。初期の楽曲は雰囲気が重く、ブラックな内容が多かった。
しかし『花と雨』の頃から徐々に変化が見られるようになる。日本語のリリックが増え、ゆっくりとしたフロウでラップするようになり、よりメロディアスで内省的なスタイルへとシフトしていった。また、初期の重厚な雰囲気から、徐々にポップさを感じられる楽曲も増えていった。
どのスタイルでもかっこいいというのがSEEDAの凄さであり、常に進化し続ける姿勢がファンを惹きつけてきた。
輝かしい実績
2007年10月にリリースされたアルバム『街風』は、ヒップホップ専門誌「The SOURCE japan」にて「BEST JAPANESE HIP-HOP ALBUM」1位に選出された。
2009年末には、フリーペーパー「bounce」の「OPUS OF THE YEAR 2009」にて、セルフタイトルアルバム『SEEDA』が最優秀アルバム賞を受賞している。
2010年8月にリリースされたアルバム「BREATHE」は、SEEDAのキャリアにおける商業的な成功のピークとなった。iTunesアルバムチャート総合最高2位、ヒップホップ/ラップチャートでは1位、オリコンインディーズ週間アルバムチャートで2位、オリコン週間総合チャートで自身最高の22位を記録。さらにRollingStone誌日本版では最高の五つ星の評価を受けた。
シーンへの貢献
SEEDAは自身の楽曲制作だけでなく、日本のヒップホップシーン全体への貢献も大きい。DJ ISSOと共に2006年から制作している『CONCRETE GREEN』シリーズは、主に若手の楽曲を集めたMIX CDとして、新世代のラッパーたちに発表の場を提供してきた。
2017年からは、YouTube番組「ニートtokyo」を主宰。毎日更新という驚異的なペースで、ヒップホップカルチャーに関する様々な話題を発信し続けている。また、人気番組「ラップスタア誕生」では審査員を務めるなど、若手育成にも積極的に関わっている。
オリジナル「Daydreaming」の世界観
オリジナルの「Daydreaming」の歌詞を振り返ると、SEEDAの真骨頂である内省的なリリックが展開されている。
初めて外からネオンを見た時の違和感、コンクリートが乱雑に並ぶ東京の街、空虚さを感じる心。お金にゆとりがある時は「人それぞれ」と思えるが、貧しい時には世界が違って見える。缶コーヒーすら買えない状況で、それでもコーヒーを沸かして飲みたいというささやかな願い。
「Broke as a motherfucker」(一文無し)という状況下で、「ドラッグの無い売人」「Roll like a undercover」といったメタファーを使いながら、ストリートの現実を描き出していく。
そして印象的なフックでは、「I need something special for me / To love somebody / To call my homie」と歌われる。特別な何か、愛せる誰か、本当の仲間――人間として当たり前に求めるものを、素直に表現している。
「沢山のhoより一人のパートナー / コネクションの広さより信頼」という一節は、ヒップホップの世界でありがちな虚栄や見栄とは対極の、真摯な人生観を示している。
「Daydreaming pt.2」の意義とテーマ
19年という時を経て制作された「pt.2」では、どのような世界が描かれているのだろうか。
タイトルに「pt.2」とつけられていることからも分かるように、これはオリジナルの直接的な続編として位置づけられている。19年前に東京のコンクリートジャングルで夢を見ていた若きSEEDAが、現在どのような視点で世界を見ているのか。その変化と継続性が、この楽曲のテーマとなっている。
オリジナル版のピアノフレーズを引き継ぎながらも、トラップビートという現代的なサウンドを採用したことは、「過去を忘れず、しかし現在を生きる」というメッセージの表れとも取れる。
SEEDAは現在44歳。ヒップホップアーティストとしては中堅からベテランの域に入っている。しかし彼は常に現役として、若手アーティストとのコラボレーションを積極的に行い、シーンの最前線に立ち続けている。
日本のヒップホップシーンにおけるSEEDAの位置
現在の日本のヒップホップシーンは、かつてないほどの盛り上がりを見せている。若手ラッパーたちが次々と頭角を現し、ストリーミングやSNSを通じて広く支持を集めている。
そんな中でSEEDAは、シーンの先輩として、そして現役のアーティストとして独自の立ち位置を確立している。単なるレジェンドとして過去の栄光に浸るのではなく、常に新しい表現に挑戦し、若手とのコラボレーションも積極的に行っている。
「Daydreaming pt.2」のように、自身の過去の名曲を現代的にアップデートする試みは、SEEDAのこうした姿勢を象徴するものだ。過去への敬意と現在への情熱、その両方を持ち続けることの大切さを、この楽曲は教えてくれる。
リリックとメッセージ性
SEEDAの最大の魅力の一つは、そのリリック(歌詞)の深さにある。ストリートの現実を描きながらも、そこに詩的な美しさと哲学的な深みを持たせることができる稀有な才能の持ち主だ。
「Daydreaming」シリーズに共通するのは、夢と現実の間で揺れる心の描写だ。現実は厳しく、時に絶望的ですらある。しかしそれでも人は夢を見ることをやめない。その切なさと強さが、SEEDAのリリックには常に含まれている。
また、物質主義的な価値観への批判も一貫したテーマだ。お金や名声ではなく、本当の愛や信頼、家族の温もりといった、人間として本質的な価値を求める姿勢が、多くのリスナーの共感を呼んでいる。
まとめ:過去と現在を繋ぐ橋
「Daydreaming pt.2」は、日本のヒップホップシーンのレジェンドであるSEEDAが、自身の代表曲を19年の時を経て現代的な感覚で再解釈した意欲作だ。
オリジナルへのリスペクトを保ちながら、新しい世代のリスナーにも届く普遍性を持った楽曲に仕上がっている。素朴なピアノフレーズというオリジナルの核心的要素を残しつつ、トラップビートという現代的なサウンドで包み込むことで、2006年と2025年を繋ぐ架け橋のような作品となった。
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