イントロダクション
2020年11月6日にリリースされたSEEDAの「みたび不定職者 (Remix) [feat. Jinmenusagi & ID]」は、日本のヒップホップシーンにおいて特別な意味を持つ楽曲です。SEEDAの名曲「不定職者」が、14年の時を経て、新世代を代表する二人のラッパー、JinmenusagiとIDを迎えて生まれ変わった作品として、多くのファンから注目を集めました。
「不定職者」シリーズの系譜
オリジナル『不定職者』(2006年)
この楽曲の原点は、2006年リリースのアルバム『花と雨』に収録された「不定職者」です。BACHLOGICのプロデュースによるこの曲は、ラッパー、ミュージシャン、ハスラー、フリーター、ニートといった定職に就いていない者たちの日常と葛藤を、SEEDAの鋭いリリックで描き出した名曲です。
利害関係でしか繋がれない人間関係の浅はかさ、相手の成功や失敗に対して優越か劣等の感情にしか振れることのない自身の虚しさ、そして金にまつわるトラブルなど、リアルな街の姿が凝縮されています。「不定職者」というアイコニックな存在を曲内に設定し、聴き手の人生を強制的に振り返らせる装置となっているのが特徴です。
『また不定職者』(2007年)
2007年、アルバム『街風』には「また不定職者 feat BES,漢」が収録されました。SCARSのメンバーであるBES、そして漢 a.k.a. GAMIという、当時のストリートシーンを代表する実力派ラッパーを迎えた続編です。
この曲では3人の不定職者がそれぞれの視点から、ストリートでの生き様を語ります。「ハスラーハスラー ニートニート 糸切れた凧フーテンフリーター 待つな待つなイケイケになりな どうせならば不定職者」というフックが印象的で、オリジナルの世界観をさらに広げる作品となりました。
『みたび不定職者』(2020年)
そして2020年、三度目となる「みたび不定職者」がリリースされます。今回フィーチャリングに迎えられたのは、JinmenusagiとIDという、2010年代後半から台頭してきた新世代を代表する二人のラッパーです。
プロデュースは再びBACHLOGICが担当。レコーディングはghostpopsが手掛け、アートワークはO.Z.Y.K.I.X.が担当しました。約4分17秒の楽曲には、世代を超えた三者三様のスタイルが詰め込まれています。
参加アーティスト紹介
SEEDA
東京都出身で、幼少期をロンドンで過ごした経験を持つSEEDAは、バイリンガルスタイルのキレのあるラップでストリートの詩情を切り取ってきたレジェンドラッパーです。
2006年の『花と雨』、2007年の『街風』といった歴史的名盤を生み出し、日本のラップゲームを一変させたと評される存在です。映画『花と雨』の制作や、YouTube番組「ニート東京」の主宰など、楽曲以外のクリエイションにおいても高い評価を得ています。
Jinmenusagi(ジンメンウサギ)
1991年11月4日生まれ、東京都千代田区出身のJinmenusagiは、ネットラップから出発した異色の経歴を持つラッパーです。
ニコニコ動画でニコラップをしていた時代から、その圧倒的なスキルとクリエイティビティで注目を集めました。2012年のデビュー以来、ラップスタイルや音楽性を大きく変化させながら、常に進化を続けています。
自身のレーベル「インディペンデント業放つ」を拠点に、トラップやメロディアスなフロウを取り入れた独自のスタイルを確立。LEEYVNGの別名義でトラックメイクも行い、多方面でその才能を発揮しています。ファッションセンスにも定評があり、音楽だけでなくカルチャー全般においても影響力を持つアーティストです。
ID(アイディー)
高知県土佐市出身のIDは、18歳で上京し、上京3日後に出会ったDJからラッパーを勧められたことがきっかけでキャリアをスタートさせた異色の経歴の持ち主です。
日本語と英語を織り交ぜたリリックと巧みなフロウで、数々のMCバトルで実績を残してきました。2019年には『フリースタイルダンジョン』の3代目モンスターに抜擢され、大きな注目を集めました。『フリースタイルティーチャー』にもレギュラー出演するなど、テレビでの露出も増やしながら、音源制作にも力を入れています。
フロウ巧者として知られ、相手に対するリスペクトを忘れないバトルスタイルも高く評価されています。
楽曲の特徴
プロダクション
BACHLOGICが再びプロデュースを担当したことで、オリジナルの「不定職者」との繋がりを保ちながらも、2020年代の音像へとアップデートされています。BACHLOGICは2012年に自らのレーベルOne Year War Musicを設立し、そこからSALUとAKLOをデビューさせるなど、日本のヒップホップシーンを牽引してきた重要人物です。
彼のビート制作は、シンプルでありながらパワフルかつドラマチックという特徴があり、SEEDAとの相性は抜群です。「みたび不定職者」でも、その化学反応が存分に発揮されています。
世代を超えたコラボレーション
この曲の最大の魅力は、2000年代のレジェンドと2010年代後半から台頭した新世代が一つの楽曲で共演していることです。SEEDAの磨き抜かれたスキルとストリートの詩情、Jinmenusagiの独特のフロウとクリエイティビティ、IDの英語を織り交ぜた巧みなラップが、それぞれの個性を保ちながら見事に調和しています。
「不定職者」というテーマは、時代を超えて共鳴するものであり、2020年においても多くの人々が共感できる普遍性を持っています。
リリース後の反響
この楽曲は2020年11月6日にCONCRETE GREENレーベルからリリースされ、各種ストリーミングサービスで配信されました。MESS(RepYourSelf)によるミュージックビデオも公開され、ビジュアル面でも作品の世界観を表現しています。
SEEDAのTwitterでは「めっちゃヤバいバースありがとう」というコメントとともに、JinmenusagiとIDへの感謝が述べられており、三者の信頼関係の深さが伺えます。
ファンからは「世代を超えたコラボが最高」「それぞれのスタイルが活きている」「不定職者シリーズの新たな傑作」といった声が多く寄せられ、高い評価を受けています。
「不定職者」が持つ意味
「不定職者」というテーマは、単なるニートやフリーターの話ではなく、社会の中で定められた枠に収まらない生き方を選んだ人々の物語です。ハスラー、ミュージシャン、アーティストとして、自分の信念を貫きながら生きる人々の葛藤と誇りが、このシリーズには込められています。
2006年のオリジナルから14年を経た2020年にリリースされた「みたび不定職者」は、時代が変わっても変わらない人間の本質的な悩みや生き様を描いています。新型コロナウイルスの影響で多くの人が働き方や生き方を見つめ直した2020年というタイミングでのリリースは、より多くの人々の心に響いたことでしょう。
まとめ
SEEDA『みたび不定職者 feat. Jinmenusagi, ID』は、日本のヒップホップシーンにおける世代継承の象徴的な作品です。2000年代を代表するSEEDAと、2010年代後半から台頭した新世代の才能が融合し、「不定職者」という普遍的なテーマを2020年代に蘇らせました。
BACHLOGICのプロダクション、三者三様のラップスタイル、そして時代を超えて共鳴するメッセージ。この楽曲は、過去の名曲を単にリメイクするのではなく、新たな価値を生み出したコラボレーションの成功例と言えるでしょう。
もし「不定職者」シリーズをまだ聴いたことがない方は、ぜひオリジナルから順に聴いてみてください。そして、日本のヒップホップシーンがどのように進化し、世代を超えて受け継がれているのかを感じてほしいと思います。
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