はじめに
2019年3月29日にリリースされたYoung Dopeyの楽曲「Mandatory」は、アルバム「The Rico Indictment」のオープニングトラックとして、チカーノ・ラップシーンに強烈なインパクトを与えた代表作です。3分28秒という時間の中に、ストリートでの生存戦略と組織犯罪対策法(RICO法)への言及を織り交ぜた、極めて現代的で政治的なメッセージを込めた重要な作品として位置づけられます。
アルバム「The Rico Indictment」の背景
リリース情報と構成
「The Rico Indictment」は2019年3月29日にThe 6th BLK Recordsからリリースされ、10曲37分の構成となっています。アルバムタイトルに使用された「RICO Indictment(RICO起訴状)」という言葉は、アメリカの組織犯罪対策法を直接的に参照しており、Young Dopeyの音楽と法執行機関との緊張関係を象徴的に表現しています。
トラックリスト
- Mandatory(本記事の主題曲)
- Million Dollaz
- Payback
- Boop Bop Boop Bam (feat. Pacman da Gunman)
- Never Die
- On the Set
- Wit tha Business
- Drop Top Camaro
- Think Twice (feat. Tokyo Genius)
- The Rico Indictment
RICO法の文脈と音楽界への影響
RICO法とは
RICO(Racketeer Influenced and Corrupt Organizations Act)は1970年に制定されたアメリカの連邦法で、当初はマフィアなどの組織犯罪対策のために設計されました。この法律は、組織的な犯罪活動のパターンを示す個人や集団を起訴することを可能にし、最大20年の刑期と25,000ドルの罰金を科すことができます。
ヒップホップ界でのRICO適用
近年、RICO法はヒップホップ界でも適用されるケースが増加しており、特に注目されるのは2022年のYoung ThugとGunnaの事件です。検察側は、彼らのレーベルYSL Recordsが単なる音楽レーベルではなく、暴力的な活動に従事するストリートギャングであると主張しました。この事件は、ラップの歌詞や音楽ビデオが犯罪の証拠として使用されるという、音楽の表現の自由に関する重要な問題を提起しています。
Young Dopeyの先見性
Young Dopeyが2019年に「The Rico Indictment」をリリースしたことは、その後のヒップホップ界でのRICO事件を予見していたかのような先見性を示しています。彼はアルバムタイトルとして「RICO起訴状」を選択することで、ストリートカルチャーと法執行機関の対立構造を音楽的に表現したのです。
楽曲「Mandatory」の詳細分析
音楽的特徴
エネルギッシュで攻撃的なサウンドが特徴です。これらの音楽的要素は、楽曲の緊張感と切迫感を効果的に演出しています。
歌詞の一部引用解説
[Intro]
Ha haa
I know a lot of feelings gon get hurt on this one
ハハー
この曲で気分を害する奴が大勢いるだろうな
👉 最初に挑発的なトーンで「本音をぶっちゃけるから誰かは傷つく」と宣言しています。
[Verse 1]
If you haven’t check in to the block / And you full of excuses
ブロック(地元)に顔を出さず / 言い訳ばかりしてるなら
Yeah I’m talking to you / Talkin bout yeah I got kids / And my baby momma stay trippin’
ああお前に言ってるんだよ / 「子供がいる」とか / 「ベイビーママがうるさい」とか言い訳してる奴
👉 仲間と行動しない理由を「家庭」を言い訳にしている奴に向けた批判です。
Same day find out that my girl pregnant / Got in a shoot out with the enemies
彼女が妊娠してるとわかったその日に / 敵と銃撃戦になった
Sent in the county 5 to life sentence / Did other things that I couldn’t even mention
刑務所で5年から無期懲役まであり得る判決をくらった / 他にも口に出せないことを色々やってきた
👉 自分は家庭を持ちながらも危険な抗争に身を置いてきた、という「覚悟」の対比を語っています。
Me and all the hitters really wanted to laugh (ha haa) / You disappeared the first day courted in
俺と仲間はお前を笑いたくなったよ (ハハー) / お前は入会の初日から消えたんだからな
👉 「正式にギャングに加わった最初の日から逃げた奴」として、臆病な人間を名指しでバカにしています。
[Hook]
Showing your face in the hood is mandatory / If you don’t, you’re garbage end of story
フッド(地元)に顔を出すのは義務だ / それをしないならお前はゴミ、話は終わり
Wanna claim the fame and the muthafucking glory / Go out there and bring back the team a trophy
名声や栄光を欲しがるなら / 外に出て仲間にトロフィーを持ち帰れ
👉 「ギャングを名乗るなら実際に功績を残せ」という教え。名ばかりのギャングを強く否定。
That there mean, that you gotta catch a body / That mean you gotta bring all the hoes from the party
それはつまり誰かを殺さなきゃならないってこと / つまりパーティから女を連れてこいってこと
Go to the bank / This a strong arm robbery / Split the money with the hitters and the whole family
銀行へ行け / これは武装強盗だ / 金は仲間やファミリーと分け合うんだ
👉 犯罪行為(殺人、強盗、女遊び)を「成果」として仲間に持ち帰ることが義務だと歌っています。
[Verse 2]
At 21 you saying that you OG / Stop it with that bullshit / Homie what you smoking?
21歳で自分をOG(特別)と呼んでるのか? / 戯言はやめろ / お前何吸ってんだよ?
👉 若造が「特別」を名乗ることを完全に否定。
Earning your respect homie that’s the way it go / Abide and live by the rules of the G code
リスペクトは自分で稼ぐもんだ / Gコード(ギャングの掟)を守って生きろ
If you special you gon get the special treatment / 18 second beat down on the next meeting
もしお前が“特別”だと思ってるなら特別な扱いをしてやるよ / 次の集会で18秒間の袋叩きだ
👉 調子に乗った奴には制裁(ジャンプイン=集団暴行)を与えると警告。
I ain’t saying that you can’t live a good life / Have a job, big house, kids and a wife
別に「幸せな家庭を持つな」と言ってるんじゃない / 仕事も家も子供も妻も持っていい
I’m just saying the neighborhood til death / I make this song for those homies that tend to forget
ただ言いたいのは「死ぬまでフッド(仲間)に忠誠を誓え」ってこと / この曲はそれを忘れる仲間に向けて作った
👉 最後に「家庭を持っても構わないが、死ぬまで仲間を忘れるな」という教訓を強調しています。
歌詞のまとめ
- この曲は、ギャングコミュニティ内で「義務を果たさずに言い訳ばかりする奴」への批判であり、実際に犠牲や犯罪を経験してきた本人が「本物」と「偽物」の違いを説いています。Hookに繰り返し出てくる「顔を出すのは義務」という言葉が、この歌の主題です。
ミュージックビデオの視覚的表現
制作と公開
「Mandatory」のオフィシャル・ミュージックビデオは2019年にThe 6th BLK Recordsによって制作され、YouTubeで270万回以上の再生を記録しています。この数字は、楽曲の影響力と Young Dopeyのファンベースの規模を示しています。
視覚的ナラティブ
ミュージックビデオは、楽曲のテーマを視覚的に補強する重要な役割を果たしており、ストリートでの日常と緊張感を効果的に映像化しています。
現代的関連性と予言的側面
RICO事件の先駆け
Young Dopeyが2019年に「The Rico Indictment」をリリースした後、実際に2022年にはYoung ThugとGunnaがRICO法で起訴されるという事件が発生しました。これは、Young Dopeyの作品が持つ予言的な側面を示しています。
音楽産業への影響
インディペンデント・レーベルの重要性
The 6th BLK Recordsという独立レーベルから発表された「Mandatory」は、主流音楽産業の制約を受けずに、政治的にセンシティブなメッセージを発信することの重要性を示しています。
デジタル配信での成功
SpotifyやApple Musicなどのストリーミングプラットフォームでの配信により、「Mandatory」は従来のメディアの検閲を回避して、直接リスナーにメッセージを届けることに成功しています。
社会学的分析
アメリカ社会の階級問題
「Mandatory」は、アメリカ社会における階級問題と、低所得コミュニティが直面する構造的な暴力について重要な洞察を提供しています。
司法制度への批判
楽曲は、RICO法のような法律が、本来の組織犯罪対策の枠を超えて、文化的表現や音楽活動にまで適用される現状への批判を含んでいます。
文学的・詩的価値
ナラティブ技法
「Mandatory」は、第一人称の語りを通じて、リスナーをストリートの現実に引き込む効果的なナラティブ技法を使用しています。
言語的創造性
楽曲では、ストリートスラングと標準英語を巧みに組み合わせることで、リアリティと芸術性のバランスを取っています。
まとめ
Young Dopey「Mandatory」は、単なる楽曲を超えて、現代アメリカ社会の重要な問題に光を当てた文化的・政治的文書として機能しています。RICO法という具体的な法的枠組みを音楽の文脈で取り上げることで、Young Dopeyは芸術と政治、表現の自由と法執行の境界について重要な問題提起を行いました。
2019年のリリースから数年後に実際にヒップホップ界でRICO事件が発生したことは、この楽曲の予言的な価値を証明しています。イングルウッド出身のByron Castillo Jr.として、そしてYoung Dopeyというアーティストとして、彼は自身のコミュニティが直面する現実を音楽を通じて世界に伝え続けています。
楽曲情報
- タイトル:Mandatory
- アーティスト:Young Dopey
- アルバム:The Rico Indictment
- リリース日:2019年3月29日
- 楽曲長:3分28秒
- テンポ:180 BPM
- キー:D#マイナー
- レーベル:The 6th BLK Records
- ジャンル:チカーノ・ラップ、ウェストコースト・ヒップホップ
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