2023年10月20日、東海の帝王¥ellow Bucksが放った「Higher Remix (feat. YZERR, Tiji Jojo, eyden, Bonbero, SEEDA)」は、日本ヒップホップ史上でも稀に見る豪華絢爛なコラボレーション楽曲として、シーン全体に衝撃を与えた。オリジナル版の「Higher」にYZERR、Tiji Jojo、eyden、Bonbero、SEEDAという5人の実力派ラッパーを新たに迎えたこのリミックスは、世代やスタイルを超えた日本語ラップの可能性を示す記念すべき作品となった。
楽曲の背景と制作意図
「Higher Remix」は、¥ellow Bucksが2023年6月にリリースしたEP「Survive」収録の楽曲「Higher feat. YZERR」をベースにした拡張版として制作された。オリジナル版は2分という短尺ながら、¥ellow BucksとYZERRの息の合ったパフォーマンスで話題を呼んでいた。
リミックス版では、オリジナルの魅力を保ちながらも、より多様なラッパーの参加により楽曲の奥行きと完成度を大幅に向上させている。興味深いことに、通常のリミックスではオリジナルのヴァースがそのまま使用されることが多いが、本作では¥ellow Bucksが全く新しいオープニングヴァースを録音している。一方、YZERRは自身のヴァースが完璧だと確信していたため、オリジナル版をそのまま使用している。
参加アーティストの個性が織りなすハーモニー
¥ellow Bucks – 東海の新世代帝王
楽曲の中心人物である¥ellow Bucks(1996年8月5日生まれ、岐阜県高山市出身)は、2019年の「ラップスタア誕生シーズン3」優勝をきっかけに一躍脚光を浴びた東海エリアを代表するラッパーだ。別名「ヤングトウカイテイオー」として知られ、地元愛を貫きながらもグローバルな視点を持つその姿勢は、多くの若手ラッパーの目標となっている。
本楽曲では冒頭で新たなヴァースを披露し、「チープなラップじゃできないDeal / High Brandつけても買えないDream / 煙たいラボからGettin’ to the top」というパンチラインで、自身の成功への執念と現在の立ち位置を力強く宣言している。
YZERR – BAD HOPの頭脳
YZERR(本名:岩瀬雄哉、1995年11月3日生まれ、神奈川県川崎市出身)は、2024年2月に解散したBAD HOPのリーダーとして知られる。「BAD HOPの頭脳」と称される彼の卓越したプロデュース能力と、自身の壮絶な体験に基づくリアルなリリックは、現在のヒップホップシーンにおいて唯一無二の存在感を放っている。
本楽曲では、オリジナル版からのヴァースをそのまま使用。その判断の背景には、自身のパフォーマンスに対する絶対的な自信があり、実際にそのクオリティの高さが楽曲全体の基盤となっている。
Tiji Jojo – BAD HOPの異才
Tiji Jojo(本名:吉村敦也、1996年2月12日生まれ、神奈川県川崎市出身)は、日本と韓国のハーフであり、BAD HOPメンバーの中でも独特な音楽センスを持つラッパーとして知られる。特徴的な高音域の声質と天才的なラップスキルは、グループ内でも際立った存在感を示している。
楽曲では、YZERRに続いて登場し、その滑らかなフロウで16小節を完璧に消化。キャッチーなフックが入る隙を与えないほどの密度の濃いパフォーマンスを披露している。
eyden – ラップスタア誕生の新星
eyden(エイデン、1998年生まれ、千葉県袖ケ浦市出身)は、2021年の「ラップスタア誕生」で優勝を果たした新世代の代表格だ。本名の永田から「エイデン」という名前を採用したとされる彼のラップスタイルは、シンプルなトラックにユーモラスなリリックを乗せる王道アプローチが特徴的だ。
楽曲では、Tiji Jojoの後にシームレスに登場し、フックのための空間を作ることなく楽曲の流れを途切れさせない技術的なパフォーマンスを見せている。彼の等身大の表現力が、楽曲に親しみやすさを加えている。
Bonbero – 千葉の若き天才
Bonbero(ボンベロ、2003年生まれ、千葉県八千代市出身)は、2021年の「ラップスタア誕生」でR-指定やT-Pablow、Awichなどの審査員から「この世代で間違いなく一番ラップが上手い」と評された逸材だ。16歳からSoundCloudで楽曲を発表し始め、圧倒的なスキルとワードセンスで注目を集めている。
楽曲では終盤のヴァースを担当し、より力強いダブルタイムデリバリーでフロウを切り替え、楽曲にダイナミズムを与えている。若干20歳という年齢でありながら、ベテランラッパーたちに全く引けを取らないパフォーマンスを披露している。
SEEDA – 日本ヒップホップ界のレジェンド
SEEDA(1980年11月17日生まれ、東京都出身)は、日本ヒップホップ界における真のレジェンドの一人だ。1996年からラップを始め、バイリンガルラップの先駆者として、また川崎を拠点とするSCARSのメンバーとして、長年にわたりシーンを牽引してきた。
楽曲の最後を飾るSEEDAのヴァースは、オートチューンを効かせた独特のアプローチで展開される。「現状会えないGhetto Angel / 会うために飛んでく青天井」から始まるリリックは、長年のキャリアに裏打ちされた深みと重厚感を楽曲にもたらしている。
音楽的構成と技術的側面
「Higher Remix」の音楽的構成は、参加者それぞれの個性を最大限に活かしながらも、統一感のある作品として仕上げられている。楽曲の根幹となるのは中毒性の高い「Say you wanna roll up ay / Let’s get higher higher higher higher higher higher High」というフックで、これが各ヴァースを繋ぐ接着剤の役割を果たしている。
プロダクション面では、トラップ的なビートをベースにしながらも、各ラッパーのスタイルに合わせて微細な調整が加えられている。特に、SEEDAのヴァースで使用されるオートチューンは、従来の彼のスタイルからの変化を示すとともに、楽曲全体に現代的な色彩を加えている。
日本ヒップホップシーンにおける意義
世代を超えた共演の実現
この楽曲の最も重要な意義は、異なる世代のラッパーたちが一堂に会したことにある。1980年生まれのSEEDAから2003年生まれのBonberoまで、23歳の年齢差がありながらも、全員が対等な立場でパフォーマンスを披露している。これは、日本ヒップホップシーンの成熟と、世代を超えたリスペクトの文化が根付いていることを示している。
地域性の融合
参加者の出身地も多様で、岐阜(¥ellow Bucks)、神奈川(YZERR、Tiji Jojo)、千葉(eyden、Bonbero)、東京(SEEDA)と、関東圏を中心とした各地域のヒップホップカルチャーが一つの楽曲に集約されている。これは、東京一極集中ではない、より分散型のシーン形成を象徴している。
スタイルの多様性
バトルラップ出身(YZERR、Tiji Jojo)、オーディション番組出身(¥ellow Bucks、eyden、Bonbero)、ストリート出身(SEEDA)という異なるバックグラウンドを持つラッパーたちの共演は、現在の日本ヒップホップシーンがいかに多様な入り口を持っているかを示している。
楽曲の社会的影響
「Higher Remix」は、リリース直後から大きな反響を呼び、特にヒップホップファンの間では「日本の最高峰のラッパーたちが集結した夢のような楽曲」として評価された。LIFTED Asiaは本作を「A taste of Japan’s finest(日本最高峰の味わい)」と表現し、海外メディアからも注目を集めた。
楽曲の成功は、個々のアーティストのキャリアにも大きな影響を与えている。特に若手ラッパーであるeydenとBonberoにとっては、ベテランラッパーたちとの共演経験が、その後の活動における大きな自信となったことが各種インタビューから伺える。
現代日本ヒップホップの到達点
「Higher Remix」は、現代日本ヒップホップが到達した一つの頂点を示している。技術的な完成度、商業的な成功、文化的な意義のすべてを兼ね備えたこの楽曲は、日本のヒップホップが単なる「アメリカの模倣」を超えて、独自の進化を遂げていることを証明している。
各アーティストが持つ異なる強みが相互に作用し合い、単体では生み出せない化学反応を起こしていることが、この楽曲の最大の魅力と言えるだろう。¥ellow Bucksの野心、YZERRの知性、Tiji Jojoの感性、eydenの親しみやすさ、Bonberoの技術力、SEEDAの貫禄が見事に融合している。
まとめ
¥ellow Bucks「Higher Remix (feat. YZERR, Tiji Jojo, eyden, Bonbero, SEEDA)」は、単なるリミックス楽曲を超えて、日本ヒップホップシーンの現在と未来を象徴する記念碑的作品となった。世代、地域、スタイルの違いを乗り越えて実現したこのコラボレーションは、ヒップホップという音楽形式が持つ包容力と可能性を改めて示している。
楽曲タイトルの「Higher」が示すように、関わったすべてのアーティストが、そしてシーン全体がより高い次元へと押し上げられた瞬間を記録した本作は、日本ヒップホップ史に確実に刻まれる重要な作品として、長く愛聴され続けることだろう。
この楽曲が証明したのは、日本のヒップホップが既に世界に誇れるレベルに到達しているということ、そして各世代のラッパーたちが互いを認め合い、共に高みを目指す姿勢を持っているということである。「Higher」というタイトルに込められた上昇志向は、まさに現在の日本ヒップホップシーン全体の姿勢を表現していると言えるだろう。
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