楽曲の基本情報
2024年1月28日(日本時間では1月29日)、BAD HOPのYZERRが新曲「guidance」のミュージックビデオをYouTubeで公開しました。この楽曲は、舐達麻の「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」とジャパニーズマゲニーズの「I guess I’m beefin’」に対するアンサーソングとなっています
ビーフの背景と経緯
この一連のビーフは、2023年から日本のヒップホップシーンを大きく揺るがす出来事となりました。
発端となった出来事
2023年9月に開催されたヒップホップフェス「THE HOPE 2023」のアフターパーティーで、RYKEYDADDYDIRTYとYZERRが再びトラブルになり、ジャパニーズマゲニーズや阿修羅MIC、T-Pablowも加わる事態に発展しました。
2023年10月のヒップホップフェス「AH1」で、YZERRが取材を受けている最中のBADSAIKUSHに掴みかかり、関係者の大勢を巻き込んだ乱闘騒動に発展。当日のBAD HOPの出番は「機材トラブル」という理由でキャンセルとなりました。
ディス曲の応酬
2023年12月1日、舐達麻が新曲「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」を発表。曲中には「お前の曲はパクリだ」「なにがパブロ?俺がピカソならお前はただの絵描き野郎」などとBAD HOPをディスする内容が含まれていました 。
「guidance」の特徴と内容
楽曲スタイル
YZERRは珍しくブーンバップのビートを採用し、マンブルっぽい要素を残しつつも、オートチューンをほとんど使わない、どこか懐かしさを感じさせるフローでラップしています。
5分強の大曲で、OZROSAURUSの「Players’ Player feat. KREVA」へのリスペクトやヒップホップカルチャーを生んだアフリカ系の人々の差別と歴史への言及を含むラップを展開しています 。
リリックの一部内容解説
1 Verseのポイント
冒頭から「羽田までのフライト/歌詞を溜めるiPhone」というラインで、成功して飛行機で移動するライフスタイルと、空の上でも地に足をつけたプライドを表現しています。ここでの彼の姿勢は「表面的な派手さではなく、内面的な覚悟」を強調しています。
「ワンバース3人を殺す/パンチラインはまるでadidas」
YZERRのバースは1つで他の3人分を圧倒する、と自負しているライン。adidasのスリーストライプ(三本線)と「3人を殺す」がかかっている言葉遊びです。
また、このバースでは「徒党を組んで群がろうが…陰に隠れて1人じゃアンサー無理」というフレーズで、相手が「群れてしかディスできない」と痛烈に批判しています。裏でコソコソしている弱さを暴いています。
さらに、**「ネット民を味方つけ/次のキャラはナードラッパー?」**のように、相手のキャラ作り・方向性の迷走をあざ笑っています。
ラストで「死んだダチにRIPって歌ってるんだろ?/なら新しい命一つだって大事にしろよ」と道徳的な問いを突きつけることで、単なるディス以上に「お前の言葉は偽善だ」と暴きます。
Hook(サビ)
「本当は怖いんだろ実際/自分の弱さを認めれない」
ここでは曲全体のテーマが凝縮されています。
「虚勢を張るHater=自分の弱さを隠しているだけ」という視点です。
それに対してYZERRは「俺らは仲間と分け合い」と連帯の強さを示し、**「お前らは一人では何もできないが、俺たちはコミュニティと共に生きている」**というコントラストを強調しています。
2 Verseのポイント
このバースでは「川崎」という自分のルーツと「義理と人情」を強調しつつ、相手の行動を徹底的に批判しています。
「この曲の売り上げすらも/ムショの兄ちゃんの出所祝い」
ここは彼のリアルさが際立つ部分。自分の楽曲の利益を仲間のために使うという姿勢を示していて、対照的に相手の「金儲けのための歌詞」を批判しています。
「VERBALやSEEDAを引き合いに出す/お前等がお手本の若手ラッパーなんて1人もいねぇ」
ここでは「過去の名ラッパーを語る割に、自分自身は後輩に影響を与えていない」という痛烈な皮肉。
また、「Player’s player」という言葉は、「本物のプレイヤーにしか認められない存在」という意味で、YZERR自身がその立ち位置にいることを誇示しています。
3 Verseのポイント
ここは一番メッセージ性が強い部分です。
日本のラッパーが安易に「Fuck The Police」と言うことへの批判から始まります。
「大麻吸えないくらいで/Fuck The Policeなんて歌わねえ」
これは、アメリカの黒人ラッパーたちが人種差別や貧困の中で闘ってきた文脈と、日本のラッパーが「ただ大麻を吸えない」という理由で同じことを言うのは軽すぎる、と断じています。
「どんだけデカく見せた歌詞が/本当の自分と違えば/客を騙し裏で遊ぶアイドル達と同じだ」
言葉と行動の乖離=偽物であり、それはヒップホップでは通用しないという強い批判です。
さらに、
「破り捨てた教科書がクラッチ代わり420」
ここは教科書(=従来の常識)をクラッチにして、自分なりの方法でギアを上げてきたというメタファー。420(大麻の隠語)も絡めつつ、自分の反逆精神を表しています。
最後に、
「売名だけで立てるなら立ってみろよ東京ドーム」
これは圧巻のライン。BAD HOPが実際に東京ドームを埋めた現実を突きつけ、「お前らは売名だけではここまで来れない」とシーンに対して突き放す強烈な一撃です。
リリースの経緯
2024年1月21日に放送されたBAD HOPのラジオ番組「#リバトーク TO THE DOME」で「guidance」の一部を公開。その際は「みんなが望むんだったら、リリースは考えてもいいと思ってる」と語っていました。
YZERRは当初「曲でのビーフに興味がない」と発言していましたが、リスナーの要望により制作を決意したとのことです 。
ミュージックビデオの演出
MVではレストランで仲間たちとビーフ(ステーキ)を食べるシーンをパロディ化し、地元の川崎を背景にすることでローカル・アーティストとしての意味も見出しています。
G-PLANTSから来たDMを公開するなど、SNS上でのやり取りも映像に含まれています 。
楽曲の反響と意義
YouTubeの急上昇ランキングで1位を獲得し、日本のヒップホップシーンを大きくする一つの体現となりました 。
舐達麻に対して「ラップスタアなら予選落ち」「下手くそ」「若手からスキル面でのお手本されることはない」などの辛辣なリリックも話題となりました 。
まとめ
「guidance」は単なるディス曲の枠を超えた作品となりました。
文化的意義:
- 日本のビーフ文化の成熟を示す
- SNS時代の新しいビーフの形を提示
- ヒップホップの「リアル」とは何かを問い直す
音楽的功績:
- クラシックなスタイルで技術力を証明
- 5分超の長尺で複雑な構成を実現
- 商業的成功と芸術性の両立
歴史的価値:
- BAD HOP解散前の重要な1ページ
- 日本ヒップホップシーンの転換点
- 次世代への教科書的存在
曲でのビーフに興味がないと公言していたYZERRが、最終的にファンの声に応えて制作したこの楽曲。それは個人的な怒りを超えて、日本のヒップホップ文化全体への貢献となりました。
BAD HOPは2024年2月19日の東京ドーム公演で解散しましたが、「guidance」は彼らが日本のヒップホップシーンに残した不朽の遺産として、これからも語り継がれていくでしょう。複雑な人間関係、音楽への情熱、そしてファンへの責任感が交錯した結果生まれたこの作品は、日本ヒップホップ史における最重要トラックの一つとして、永遠にその輝きを放ち続けることでしょう。
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