Watson – 小リッチ ft. C.O.S.A. & Jin Dogg:新時代のヒップホップが描く”リッチ”の真実

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イントロ:徳島から響く新時代のビート

2000年徳島県小松島市で生まれた新世代のラッパー、Watson。研ぎ澄まされたラップスキルとストリートのユーモアを駆使して新潮流を生む彼が放つファーストアルバム『Soul Quake』(2023年)からの楽曲「小リッチ (feat. C.O.S.A. & Jin Dogg)」は、まさに現代の日本語ラップシーンを象徴する一曲だ。

2023年12月6日にリリースされたこのファーストアルバム『Soul Quake』は全16曲入りで、ANARCHY、¥ellow Bucks、C.O.S.A.、Jin Doggら豪華ゲストが参加している。その中でも「小リッチ」は、アルバムの2曲目に配置された重要なトラックとして位置づけられている。楽曲のプロデュースは、これまで数多くのヒット曲を手がけてきたKoshyが担当し、彼との黄金コンビが生み出すサウンドが作品全体に統一感をもたらしている。

Watson:徳島発のラップスタア

Watsonの大きな特徴は、トラップ、ドリルのビートに対して、3連フロウやメロディアスなアプローチではなく、グライムやドリルの流れをくむ倍速ラップをたたみ掛けるスタイルにある。このユニークなアプローチが、従来のトラップとは一線を画した独自性を生み出している。

18歳で大阪に移り住んだWatsonは、馴染みの彫り師のタトゥースタジオにレコーディングスタジオが併設されていたことをきっかけとして本格的にラップをはじめることになる。大阪でのストリートライフを経験した彼は、「こういう稼ぎ方してもあんま儲からんし、色んな意味でええことないな」という思いからヒップホップに本格的に打ち込むようになった。

2021年5月1日に『Pose 1』をリリース。アルバム名はWatsonいわく「構えその壱」といった意味であり、ラッパーとしてキャリアを駆け上るための第1弾としての意味を込めたものだった。そして2021年にリリースしたEP『thin gold chain』収録の「18K」で一躍注目を浴びることになる。

2022年3月23日にリリースしたミックステープ『FR FR』は、つやちゃんに「スキルフルで独創的でありながらも模倣を促すようなチープさを感じるラップ」と高く評価され、Watsonが「KOHH が『YELLOW T△PE』とともに現れた2012年以来、約10年ぶりにゲーム・チェンジャーとして抜本的にルールを変える力を秘めている」と論じられるほどの衝撃を与えた。実際、2023年の日本語ラップシーンでは、Watsonのフローに影響を受けた「Watson系」のラッパーが多く現れるほどの影響力を持つに至っている。

C.O.S.A.:愛知が誇るリリシスト

C.O.S.A.(コーサ)は愛知県知立市出身のラッパー、音楽プロデューサー。1987年産まれで、日本語ラップシーンにおいて最も注目される才能の一人だ。

2015年に自主アルバム「Chiryu-Yokers」を発表。2016年KID FRESINOとの共作「Somewhere」を音楽レーベルSUMMITから発表し、その後も精力的にリリースを続けている。2021年には自身の楽曲’PAID IN FULL’が映画「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」の挿入歌にも起用され、レッドブルのサイファー企画「RASEN」の楽曲プロデュースを手がけるなど、多岐にわたる活動を展開している。

実体験とフィクションを交えたストーリーテリングによって、聴き手の感情を喚起するオーセンティックなラップスタイルを体現しているC.O.S.A.のスタイルは、単なる技巧を超えた深い表現力を持つ。小学3年生のときにLL・クール・JのCDを買ったのがきっかけで洋楽を聴くようになり、その後、Dragon Ashに影響されてHIPHOPを毎日聴くようになったという音楽的ルーツも興味深い。

Jin Dogg:トライリンガルの狂気

Jin Dogg(ジン ドッグ、1990年9月10日 – )は日本のラッパー。「Jin Dogg」の名前はSnoop Doggと珍島犬(韓:진돗개、Jindotgae)に由来する。1990に大阪府大阪市生野区桃谷で誕生。母親は韓国から来た韓国人、父親は在日2世という多文化的なバックグラウンドを持つ。

10歳で渡韓し、現地の日本人学校に通う。韓国では「日本人である」という理由からいじめを受け、アイデンティティに悩んだ彼は「一回グレた」こともあったという複雑な少年時代を過ごした。この経験が後の彼の音楽に深い影響を与えることになる。

学生時代の国内外での様々な経験から日本語、韓国語、英語の三ヶ国語を自在に操るトライリンガル・ラッパーとして知られる彼は、2016年、異能のヒップホップ集団「Hibrid Entertainment」へと加入し、本格的なキャリアをスタートさせた。

2015年ごろ、イベントで紹介されたスタジオオーナーのYoung Yujiro(当時の名義はRadoo)と意気投合する。この頃キース・エイプやOkasianを通してトラップに触れる。このことにより、それまでGファンクの影響が強かったJin Doggの音楽性はトラップに近づいた。

2019年12月にアルバム『SAD JAKE』『MAD JAKE』の2枚組アルバムをリリース。両アルバムでは激しさと感傷的さの二面性がテーマとなったこの作品により、Jin Doggは日本語ラップシーンにおいて確固たる地位を築いた。

楽曲分析:「小リッチ」が描く現実

WatsonがC.O.S.A.、そして大阪アンダーグラウンドを象徴するJin Doggを迎えた「小リッチ」は、タイトル通り“少しだけリッチになった”という現実と、それでも消えない葛藤や過去の記憶を描いたリアルなラップソングです。
単なる金や名声の自慢ではなく、ラッパーとしての成長と、それに伴って変わっていく人間関係や心境が軸になっています。


Hookのテーマ(Watson)

「金持ったせいわからない本当のこと
金欲しいだけかもしれんその心
好きな子変わって行くコロコロと
少しだけrichな男の子」

ここでWatsonは、“金を持ったからこそわからなくなった本心”を描いています。
自分が好きでやってきた音楽なのか、それとも結局「金が欲しい」だけなのか。
また、周囲の女性や友人も「金があるから近づいてくるのか?」と、愛情や友情すら疑わしくなる――そうしたリッチになったことで生まれる孤独と疑念が表現されています。


Verse1(Watson)

「タバコやめたろかなほんまに
辞めれんかったとき言ってドンマイ」

生活習慣を変えようとする自分と、それが上手くいかない現実を笑い飛ばす姿。
ここには「小リッチ」になった今も人間的には未熟さを抱えている姿が映っています。

「ほんとの事を話せよボケ
ツレにあげるセリーヌのバケ」

ブランド品をツレにあげても、本心で語り合えない関係に虚しさを感じています。
お金やモノでは埋まらない“心の繋がり”を求めているのが伝わりますね。

「1人の時に書いているリリック
なのに何故か大勢の人に響く」

まさにラッパーとしての核心。自分の個人的な想いが、なぜか多くの人の共感を呼んでしまう。ここにWatsonの才能と葛藤が凝縮されています。


Verse2(C.O.S.A.)

「欲しい物だったら大抵 手に入った もう
欲しがる物 末尾に増えていくゼロ」

名古屋を拠点にしながら全国区で活躍するC.O.S.A.は、すでに「欲しい物は手に入る」立場。
しかしそれでも欲望は尽きず、ゼロが増えるだけのゲームのように思える――という、成功者の虚無感を語ります。

「必要ないぜ 幸せにこのブランド物
でもガキのまんまじゃ俺ら 居られないよ」

ブランドや金に固執しても本当の幸せにはならない。
けれど大人になった今、もう昔のような無邪気さで生きることもできない。
このラインにラッパーの成長と切なさが滲みます。

「AKが言ってた 10年後が今じゃん」

AK-69の言葉を回収することで、名古屋ヒップホップの血脈を示しています。
C.O.S.A.のパートは、金・女・ブランド・音楽業界のリアルを冷静に描いた視点ですね。


Verse3(Jin Dogg)

「お金になるなら何でも売ってた
陽も当たらん薄暗い市場の下」

Jin Doggは過去のストリートでのサバイバルを赤裸々に語ります。
お金のために違法なものも売り、裏社会で生きていた時代。

「ただのクズや思ったか今見てみな
もう今実家でクサ売ってない
友達と音楽しかやってない
もう今オカン家で泣いてない」

彼のパートは強烈です。かつて「ただのクズ」だった自分が、今は音楽で生きている。
そして一番の救いは「オカンが泣いてない」という一行。
母親を安心させられたことが、彼にとっての**本当の“リッチ”**なんです。

ミュージックビデオ:ビジュアル表現の妙

1stアルバム『Soul Qkake』より「小リッチ (feat. C.O.S.A. & Jin Dogg)」MV公開。監督はKen Harakiが務め客演参加しているC.O.S.A.、Jin Doggも出演している。

興味深いことに、エンディングでは「どうかな? (feat. ANARCHY)」のイントロが流れ、画面は「To be continued」という文字で締めくくられるという演出が施されている。これはアルバム全体のコンセプチュアルな構成を示唆するものであり、単体の楽曲を超えた物語性を持たせている。

ミュージックビデオにはペットモデル「アストロ」が出演するなど、細部にまでこだわった制作が行われている。

チャートパフォーマンスと反響

LINE MUSIC • ミュージックビデオ Top 100 リアルタイム • 日本 • 23位 • 2025年8月17日にランクインするなど、商業的な成功も収めている。

iTunes Store • ヒップホップ/ラップ トップアルバム • 日本 • 1位 • 2023年12月6日を記録するなど、『Soul Quake』アルバム全体の成功にも大きく貢献している楽曲だ。

まとめ:新時代のヒップホップアンセム

「小リッチ (feat. C.O.S.A. & Jin Dogg)」は、現代日本の若者文化とヒップホップシーンを象徴する楽曲として、長く記憶されることになるだろう。お金に対する複雑な感情、人間関係の変化、成功への憧憬と不安など、普遍的なテーマを3人のユニークな視点で描き出すことで、多くのリスナーの共感を呼んでいる。

Watson、C.O.S.A.、Jin Doggという才能あふれるアーティストたちのコラボレーションは、日本語ラップシーンの現在と未来を示す重要な作品となった。技術的な完成度の高さと、等身大の感情表現のバランスが絶妙に取れた「小リッチ」は、まさに新時代のヒップホップアンセムと呼ぶにふさわしい一曲である。

この楽曲が持つ影響力は今後も継続し、次世代のラッパーたちにとっての道標となることは間違いない。日本語ラップの多様性と可能性を体現した「小リッチ」は、シーンの歴史に確実に名を刻む名曲として、これからも愛され続けていくことだろう。

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