はじめに：2つの世代が交差する瞬間
2023年12月6日にリリースされたWatsonのファーストアルバム『Soul Quake』。その4曲目に収録された「どうかな? (feat. ANARCHY)」は、新世代の徳島発ラッパーWatsonと、日本語ラップ界のレジェンドANARCHYによる世代を超えたコラボレーション楽曲だ。
2023年年、時間：2:41のこの楽曲は、単なる客演を超えた深い化学反応を見せている。Watson特有の等身大のリリックと、ANARCHYが長年築き上げてきた圧倒的な存在感が融合することで、現代日本語ラップシーンにおける重要な作品が誕生した。
楽曲タイトルの「どうかな?」は、成功に対する懐疑と確信が入り混じった複雑な感情を表現している。これは単純な自慢話ではなく、むしろ成功の過程で生じる内面の葛藤を率直に描いた作品となっている。
Watson：徳島から響く新世代の声
Watsonの魅力は、その等身大のリアリティにある。「やる事変わってないのに評価が上がる、無理と言われたがどーかな」という冒頭の歌詞からも分かるように、彼は成功への道程で感じる戸惑いや周囲との温度差を隠すことなく表現している。
「借りな金ならカンサイしたけど 徳島にいてていてない大阪 言われていた音楽じゃ儲からん」というフレーズは、地方出身のラッパーが抱える複雑な心境を端的に表している。音楽で食べていくことの困難さ、そして故郷と都市部での評価の違いを率直に歌い上げている。
特に印象的なのは、「経済力安定したぞ wowo お金の悩みは減ったかなり お金の悩みが尽きない周り」という部分だ。これは成功を手にした後でも続く葛藤を描いており、お金を得たことで新たに生まれる問題や人間関係の変化を示唆している。
ANARCHY：ゲットーから成り上がったキング
日本語ラップシーンにおいて、ANARCHYほど「成功」という言葉が似合うラッパーは少ない。1981年生まれ、京都府出身のラッパーである彼は、治安が悪いことで知られている京都市伏見区向島の低所得者向け市営団地という環境から身を起こし、今や日本を代表するラッパーとしての地位を確立している。
2005年のデビュー以降、異例のスピードで台頭し、京都のみならず日本を代表するラッパーの地位を確立したANARCHYは、まさにヒップホップドリームを体現する存在だ。彼の存在そのものが、「どうかな?」という問いに対する明確な答えを示している。
ANARCHYの生い立ちは壮絶なものだった。小学生の時に両親は離婚。ロカビリーバンドでギターボーカルをしていた彫り師の父親に育てられたという環境で育ち、16歳で暴走族の総長になり、日本国内で3例目となる決闘罪で逮捕されたという経歴を持つ。
しかし、この困難な過去こそが彼の音楽の源泉となっている。1998年、ZEEBRAが出演する音楽番組を目にしたことにより本格的にラッパーを志すようになるというエピソードは、運命的な出会いの力を物語っている。
楽曲分析：2つの視点が織りなす成功譚
「どうかな?」の歌詞は、2つの異なる視点から「成功」について語っている。Watsonのパートでは、成功の過程にある現在の心境が率直に描かれている。「田舎者だけど都会に行く事多い」「実家に帰りにくい刺青が嫌いなおばば」といった具体的な描写は、成功に伴う環境の変化を生々しく表現している。
一方、ANARCHYのパートでは、成功を手にした者としての経験と知恵が込められている。「Im a rapper 手には千切れたワッパ 口ばっか達者 あれでラッパー？ 勘違いしちゃう気持ちも分かる お金に溺れた大人の罠」という部分では、業界の現実と若手への警告が込められている。
特に注目すべきは、「みんながワトソン待ってんぞ東京 ほんもんは仕方なく上京」というフレーズだ。これは単なる客演を超えて、ANARCHYがWatsonの才能を認めていることを示す重要な証言でもある。
サウンドプロダクション：Koshyの手腕再び
楽曲のプロデュースは、Watsonの多くの楽曲を手がけているKoshyが担当している。作曲：XLII/Koshyとあるように、オリジナルはKoshyが制作し、リミックス版ではXLIIがアレンジを加えている。
Koshyのプロデュース能力は、Watsonの等身大のラップとANARCHYの貫禄あるフロウを見事に調和させることで発揮されている。ビートは現代的なトラップの要素を取り入れながらも、両アーティストの個性を最大限に引き出すバランスの取れたものとなっている。
楽曲の長さは2分41秒と比較的短いが、その中に凝縮された内容は非常に濃密だ。無駄を削ぎ落とした構成は、メッセージをより鮮明に伝えることに成功している。
ミュージックビデオ：ビジュアル表現の妙
Watson『どうかな？ feat. ANARCHY』MVにてご着用いただきましたという記述から、楽曲には公式ミュージックビデオが制作されていることが分かる。MVでは高級ジュエリーブランドAVALANCHE GOLD & JEWELRYの商品が使用されており、成功の象徴的なアイテムとして機能している。
ミュージックビデオは楽曲のテーマである「成功への問い」を視覚的に表現する重要な要素として機能している。成功の象徴であるジュエリーを身に着けながらも、その意味について問い続ける2人の姿は、現代のヒップホップシーンが抱える複雑さを表現している。
リミックス版の展開
2024/3/28リリースのリミックス版「どうかな？ (feat. ANARCHY) [XLII Remix]」も制作されており、楽曲の持つ可能性をさらに広げている。Soul Quake (Remixes, Vol. 1)に収録されたこのリミックス版は、オリジナル版とは異なる解釈を提示している。
リミックス版の存在は、この楽曲が持つ普遍性と再解釈の余地の広さを示している。XLIIによるリミックスは、オリジナルの持つメッセージ性を保ちながらも、新たなサウンドの可能性を探求している。
アルバム全体における位置づけ
- どうかな？（feat. ANARCHY）として、アルバム『Soul Quake』の4曲目に配置されたこの楽曲は、アルバム全体の流れの中でも重要な役割を果たしている。前曲「小リッチ (feat. C.O.S.A. & Jin Dogg)」で描かれた「小さなリッチ」の状態から、より深い成功への疑問へと発展していく構成となっている。
アルバムの序盤に配置されることで、Watsonの音楽的な立ち位置と野望を明確に示す楽曲として機能している。ANARCHYという先輩格のラッパーとのコラボレーションは、Watson自身の成長と業界での認知度の高さを示す象徴的な意味も持っている。
商業的成功と批評的評価
楽曲は商業的にも成功を収めており、AWAで試聴可能となるなど、各種音楽配信サービスで広く聴かれている。また、楽曲の歌詞は多くのサイトで掲載されており、ファンからの注目度の高さがうかがえる。
リリース直後から話題となったこの楽曲は、Watson自身の知名度向上にも大きく貢献した。ANARCHYという業界のレジェンドとのコラボレーションは、Watsonの実力が業界内で認められていることの証明でもある。
現代社会への問いかけ
「どうかな?」というタイトルが示すように、この楽曲は単純な成功譚ではなく、現代社会における「成功」の意味について問いかけている。経済的な豊かさを手にしても完全には満たされない現代人の心境を、ヒップホップという表現方法を通じて描き出している。
特に、「お金の悩みは減ったかなり お金の悩みが尽きない周り」という対比は、個人の成功と社会全体の問題の乖離を表現している。これは現代日本が抱える格差問題や社会の分断といった大きなテーマとも連結している。
技術的側面：ラップスキルの調和
この楽曲では、Watsonの特徴的な倍速ラップとANARCHYの重厚なフロウが見事に調和している。Watsonのグライムやドリルの流れをくむ倍速ラップをたたみ掛けるスタイルと、ANARCHYの長年培われた安定感のあるラップスタイルが、楽曲に多層的な表現力を与えている。
2人の異なるアプローチが一つの楽曲の中で共存することで、日本語ラップの多様性と可能性を示している。これは単なる世代間の共演を超えて、異なるスタイルの融合による新たな表現の創造を実現している。
メッセージ性：成功への複眼的視点
楽曲全体を通じて伝わってくるのは、「成功」に対する複眼的な視点だ。成功を追い求める若い世代の視点と、既に成功を手にした世代の視点が交錯することで、より立体的で説得力のあるメッセージが生まれている。
「死ぬまでは抵抗 思い出話に浸る気ない 綺麗に咲いてパッと死にたい」というANARCHYのパートは、成功を手にした後でも持ち続けるべき姿勢について語っている。これは単なる若手へのアドバイスではなく、アーティストとしての普遍的な生き方についての哲学を表現している。
今後への影響：シーンに与えるインパクト
「どうかな? feat. ANARCHY」は、日本語ラップシーンにおける世代を超えたコラボレーションのひとつの模範となっている。若手とベテランが対等な立場で同じテーマについて語り合うこのスタイルは、他のアーティストにも影響を与える可能性が高い。
また、地方出身のラッパーが東京のシーンで認められ、さらにレジェンドとのコラボレーションを実現するという成功のストーリーは、多くの若手ラッパーにとってのロールモデルとなっている。
まとめ：時代を超えるメッセージ
「どうかな? feat. ANARCHY」は、表面的な成功譚を超えて、現代社会における「成功」の意味について深く考察した楽曲として評価されるべき作品だ。Watsonの等身大の疑問とANARCHYの経験に基づく知恵が融合することで、時代を超えて響くメッセージが生まれている。
この楽曲が提示する「どうかな?」という問いは、リスナー一人ひとりに投げかけられた挑戦でもある。成功とは何か、幸せとは何か、そして自分自身の人生をどう生きるのか。これらの根源的な問いに対する答えを、それぞれが見つけていく必要がある。
Watsonという新世代のスターとANARCHYという確立されたレジェンドのコラボレーションは、日本語ラップシーンの豊かさと深さを証明する作品として、長く記憶に残ることだろう。楽曲タイトルの「どうかな?」という問いかけは、音楽が終わった後も聴く者の心に響き続ける、そんな力を持った作品である。
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